天槍のユニカ



月が欲しい(2)

 アルフレートが頬をひっぱたかれたような表情で目を瞠る一方、ユニカの隣ではエリュゼが堪えきれずに肩を震わせる。
 こうやって、言うことを聞かなければ好きなものや楽しみを取り上げるぞと言ってはユニカを叱ってきたのは、ほかならぬエリュゼだった。まさか、叱られてきたユニカが弟≠ノそんなことを言うなんて、と思っているのだろう。
 ユニカはいたたまれない思いをこれ以上大きくしないために、エリュゼの方を努めて見ないことにする。
 アルフレートはというと、しばらく泣きそうな、それでいて怒っているような顔でしかめつらしく黙っていた。それでも彼の中で色々と秤にかけた結果、ユニカと一緒にゼートレーネへ行くことを選んだらしかった。
「……はい」
 不承不承頷くアルフレートは、どうしてもゼートレーネへ行ってみたいのだと言っていた。どうも友人だった故クヴェン王子から王妃と一緒に避暑へ行く度、美しくてのびのび遊べるところだと自慢されていたらしい。兄との確執より、その思い出話を大切にしている彼のことを、ユニカは可愛いなと思う。
 弟が素直になってくれたはよいものの、しゅんとしてしまったことは少し気になった。ユニカは応接間を見回して話の緒を探し、書棚に飾られた楽譜を見つけた。
「手が痛いのなら、まだクラヴィアは弾けない?」
「……ちょっとだけなら。いつもより下手かも知れませんけど……」
「じゃあ、ちょっとだけ聴かせて欲しいわ」
 アルフレートの表情にわずかながら明るさが戻り、そのまま音楽室へ連れて行ってくれた。楽譜を引っ張り出してくる頃にはもうご機嫌になっている。手が痛くて≠オばらく弾くのを我慢していたせいもあるかも知れない。
 ほっとしつつ、嬉しげに鍵盤を開けて楽譜をめくるアルフレートを見守る。すると、彼が楽譜の間から取り出してクラヴィアの上に置いたものに目が吸い寄せられた。
 思わず手に取る。レースのしおりだ。太めの糸で編んで使いやすいように厚みを出してあって、額縁のような模様に囲まれているのはアイリスの花だった。
「ああ、それ。母上が作ってくださったんです。父上と、兄上と、僕に」
 ヘルミーネの人柄を思わせるきっちりそろった編み目も美しい。角の一つには絹糸で作った小さな房飾りもついていた。
「すてきね」

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