月が欲しい(1)
第4話 月が欲しい
教会堂からの帰り、初めて自らエルツェ家の屋敷へ足を運んだ日。
どうやらその日も勉強をする、しないで兄と喧嘩をしていたらしいアルフレートは、ユニカの来訪を告げられるなり飛び出してきて大喜びした。無邪気に抱きついてきた彼を宥めて椅子に座らせたが、座っただけでアルフレートの興奮は一向に冷めなかった。
「嬉しい、姉上からうちに来てくれるなんて」
その台詞は何度目か分からない。もはやユニカは微笑み返すだけだ。
「カイはどうしたの?」
なんの支障もなくカトラリーを使ってお菓子を切り分けていたアルフレートは、その問いで急にふてくされた。
「知らない」
カイも屋敷にいるのだろうが、アルフレートがいるせいかユニカの顔を見に来るつもりはないらしい。アルフレートの返事もまるで他人事だ。
「けがはよくなったのでしょう?」
ユニカがさらに問うと、アルフレートは元気に食べたり飲んだり出来ている手前、反論出来ずに黙った。が、少しして放り出すようにフォークを置き、いけしゃあしゃあと言った。
「まだ痛いです」
「お菓子は召し上がっていらっしゃるのに?」
「ずっとペンを持っていると痛くなるんです」
エリュゼがずばり指摘してもそんな調子だ。
ユニカはエリュゼと顔を見合わせて肩を竦めた。
「ペンを持たなくても出来る勉強があるでしょう。いらしてくださる先生にまでわがままを言ってはだめよ。……気が乗らないことがあるのは分かるけれど」
ユニカとて、エルツェ公爵が寄越す貴族作法の教師達を煙たがっていたので強く説得出来ないが、むっつりと黙っているばかりのアルフレートを見ていると自分もこんな幼稚な態度をとっていたのだなと恥ずかしくなった。
アルフレートも今年は十四歳になるわけだし、そうすると成人の一歩手前だ。甘やかす必要はないかな、とユニカは決心した。
「ちゃんと勉強して、カイとも仲直りをしないのならゼートレーネには連れて行かないわ」
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