天槍のユニカ



寄る辺なき小鳥(22)

     * * *

 四日後、王太子の近衛長官叙任の儀式が行われ、それを見届けた公国使節は役目を終えた。
 エイルリヒ帰国の日は残念ながら雪の舞う空となった。ディルクが初めて指揮する近衛隊が曇天の下に紅いマントを翻し、整然と並んで使節団の前方と後方を守っている。
「一応、やり残したことはないかなぁ」
 国王への挨拶をすませ、輿に乗り込もうとしているエイルリヒがそう呟いた。
「僕のわがまま、案外と正解じゃありませんでしたか? ユニカの警戒心を解くのに僕の可愛さが役に立ったと思いません?」
「……高いところから見下ろされないのがよかったんだろう」
「ふん、明日からぐいぐい伸びてみせます」
 温室での会見のあと、ユニカの態度は思いのほか柔らかかったとディルクが感想を述べてからエイルリヒはずっと得意げである。
 最初の中継地までエイルリヒを送ることになっているディルクは、それがちょっと鬱陶しいし、面白くない。なぜ自分の方が警戒されているのか考えると納得できる答えが浮かばなかったからだ。
「寝てる間にキスしたり、無理矢理西の宮から連れ出せばそりゃあ警戒されますよ」
「二つ目はお前のせいだ」
「じゃあ一つ目は?」
 どうやらティアナとも仲直りしたようで、余計にエイルリヒは浮ついている。
 昨日の午前中、エイルリヒはディルクの周りで仕事をするティアナにべったりと張りつき、改めて何度も何度も結婚の約束をし、本当は明日攫っていきたいと愛を囁いていたりした。求婚を受けるティアナの態度はいつも通り事務的だったが、エイルリヒは幸せそうだったので、あれでいいのだろう。
 がらーん、がらーんと、使節団の出立を告げる鐘が鳴り始める。エイルリヒが乗り込んだ輿の隣に騎馬したディルクが付き添い、鉄柵と城門が開いていくのを待った。
「見つけたトカゲの尻尾、切られないようにちゃんと掴んでくださいね。それから、リースも送るのでユニカに渡してください。また会うきっかけが出来てよかったでしょ? わっ、危ないなぁもう!」
 身を乗り出してそう言うエイルリヒを、ディルクは剣の鞘で輿の中に押し戻す。
「もういいから、黙って帰れ。お前はウゼロで向こう≠フ動きに目を配ることに専念しろ」

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