天槍のユニカ



春の在り処は(21)

 ゼートレーネへ向かう隊列の総責任者はカイだ。警備を務めるのはクリスティアン以下六名のユニカの騎士だが、彼らは皆ウゼロ出身で地理に疎いため、土地勘のあるシヴィロ出身の近衛騎士二名が案内役を兼ねて追加されている。
 道中の世話をしてくれる召使いはエルツェ公爵家の女中二名とレオノーレの侍女二名。ユニカはディディエンだけを連れていくことにして、王都に残すフラレイとリータには留守の間休暇を取ってもらうことにした。
 それに人足を加えて、総勢二十名を超える数での旅になる。
 カイは生真面目な性格だし、責任感も強い。大がかりな仕事を任されては気を抜く方が大変だろう。
 せめて弟に迷惑をかけないよう言うことをちゃんと聞こう。少なくとも同行者のうち二人にはそんな気がさらさらないので、ユニカの心がけなどささやかなものかも知れないが。
 ところが、一行がエルツェ公爵夫妻とエリーアスに見送られて屋敷の門を出ていく時、ユニカはさっそく血の気が引く思いをした。
 忘れものをしたかも。しかし、まさか取りに戻りたいと言えるわけがない。
「どうかなさいましたか?」
 そわそわしながら窓の外を見遣るユニカに気が付き、自身も少し浮かれている様子のエリュゼが問うてくる。
「私、エリーアス伝師が来るまで裁縫箱を抱えていたのだけど……」
 エリーアスが来てくれたと聞いて、それをどこに置いたのだったか。まったく思い出せない。
 針と糸くらいならゼートレーネでも用意できるだろう。けれども大事なのはあの中に入れてあったレースだ。
 完成はしたが、そのあとどうしたらいいのか分からなくて結局しまいっぱなしの。
「ディディエンが預かって、お荷物と一緒に積み込んでいましたよ」
「そう、よかった……」
 カイを怒らせずに済みそうだ。ユニカが安堵の溜め息をつくと、わけを察してくれたらしいエリュゼはくすくすと笑った。
 まだあれをどうするか決めていないが、少なくとも五日は考える時間がある。
 先月の末には王都を発ったディルクと合流するまで。






- 999 -


[しおりをはさむ]