天槍のユニカ



春の在り処は(5)

 彼に逆らわず庭へ引きずられていく騎士の背中を見送りつつ、ユニカはさりげなくディルクと二人きりにされてしまったことに気づいた。
 彼の部下は非常に優秀だ。言葉にされない命令にも気が付くようだ。そして、ルウェルはともかくユニカに親切なクリスティアンも、結局はディルクのために行動するのだとこういう時によく分かってしまう。
 そうやってディルクから意識を逸らそうとしても無駄で、彼は子供達に囲まれる三人を見て微笑みながら問うてきた。
「お悩みのゼートレーネの件だけど、カイから出発の日は聞いたか?」
「……四月六日がよいだろうと聞きました」
 もうひと月ない。日付を知らされてから暦がすり減っていくような心地を味わっているので、間違いなかった。
「そう暗い顔はしなくても。難しいことはカイに任せて旅行だと思えばいいじゃないか。彼なら諸々の手続きを遺漏なくやってくれるだろうし、口振りは素っ気ないが意外とやる気だぞ」
「私の面倒くらい、自分が見ると言っていましたしね」
「カイらしい言い方だ」
 ディルクは他人事だから簡単に笑えるようだが、ユニカはいちいち上の弟の言動に気を遣ってしまう。彼なりにユニカを気にかけているのだと分かるのはいつもあとになってからなので、なかなかカイに対する苦手意識は克服できないでいる。
「これもカイから聞いているとは思うが、俺は兵を連れての移動になるから先に出発する。木苺高地に入るところで合流しよう」
 ユニカは無言で首肯した。弟が組み立ててくれた行程によると、同じレゼンテル領邦へ向かうディルクが途中から道行きに加わるらしい。
 はてなとは思ったが、すべての段取りをカイに任せてあるのでわけは訊けなかった。何しろ彼がユニカに任せたのは、心の準備とゼートレーネに関する知識を頭に入れておくことだけなので。
 ちなみに、木苺高地というなんとも可愛らしい通称はゼートレーネ周辺が木苺(ラズベリー)の産地であるからだそうだ。
 どうせ、ゼートレーネに向かうユニカにはアルフレートとレオノーレもついてくる。そこにディルクが加わったところで大きな違いはない。もう、みんな好きにしたらいいのだ。
 すっかり諦めたユニカがまだ出発してもいないのに疲れた心地で庭を見遣ると、エリュゼの傍で花を摘んでいた少女が二人、おのおのに作った花束を持って駆け寄ってきた。

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