天槍のユニカ



春の在り処は(4)

 ディルクはユニカの肩に触れた手を宙に浮かせていたが、ばつが悪そうにそれを引っ込める。
 ディルクやエリーアスに話した時はあんなに恐かったのに。そう考えつつ、ユニカは慌てて取り繕った。
「ご、ごめんなさい。考えごとをしていて……その、お帰りなさい」
「ただいま。ところで、考えごととは?」
「……領地のことだとか、いろいろ」
 ユニカのいい加減な返事を信じたわけではなさそうだが、ディルクは頷くだけで石段に腰掛けた。促され、ユニカもその隣に座り直した。
「着替えていらしたのですか?」
 騎士を大勢引き連れての外出だったので、ディルクの用事は近衛長官としてのものかと思っていたが、今日の彼は軍服姿ではない。不思議に思って尋ねると、彼は苦笑した。
「ああ。ヘルツォーク女子爵が欲しがっていた薬を出先で見つけたから少し手に入れて届けに来たんだが、オーラフ院長にあまり軍服で歩き回って欲しくないと言われていて。騎士達は仕方ないにしても俺は言うことを聞いておかないと、出入りするなと言われたら困るからな」
「そうでしたか……」
 ユニカの耳は、ディルクの格好の経緯より彼にはちゃんとした用件があって施療院へ来ただけなのだということを聞いていた。
 そうであろう。どこへでも出かけられる季節になったことはすなわち、出来ることもやることも増えるということ。都合がつくたびにユニカの様子を見に来られるほど王太子という身分は暇ではあるまい。
 胸の中で何かがしおしおとしぼんでいく。何かってなんだろう。
 ユニカがぎくりとしていると、虫を捕まえた子供達の歓声に興味を惹かれたらしいルウェルが庭へ降りていった。エリュゼにじゃれかかっていた少年の一人がルウェルの腰の剣に気がつくや否や、少年達の関心は一気にルウェルへと群がる。
「あっちの兄ちゃんも待ってるぜ」
 小さな手がべたべたと剣を撫でたり掴んだりするのを許していたルウェルが、そう言ってこちらを――ユニカの後ろに佇んでいたクリスティアンを指差した。すると何が起こるかは、これまでの流れからして明らかだ。
「ほんと! 見せて見せて!」
 ルウェルの周りから少年が転がるように走ってきて、クリスティアンを捕獲する。

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