春の在り処は(3)
「今度っていつ? エリュゼ、最近ぜんぜん来ないんだから」
「花が枯れちゃう」
「秋のくるみもとりに来ないの?」
そして再びエリュゼの腕とドレスを方々から引っ張る。
まだ春だが、次の秋の心配もされるほどエリュゼの足はこの子達のもとから遠のいているらしい。それもこれもユニカの相手をしているからだ。
「花くらい見てきてあげたら」
「ですが……」
「殿下を待っているだけだもの」
ちょっとした申し訳なさからユニカが言うと、エリュゼより先に彼女の腕を掴んでいた少女が許可を得たと判断したようだ。
「ほら、いいって!」
そして今までにも増してぐいぐいとエリュゼの腕を引っ張った。なんとしても連れて行こうとするその根気に負け、エリュゼはとうとう腰を浮かせた。
子供達に囲まれながら花壇を覗き、ドレスの裾が汚れるのも気にせず彼らの傍にかがみ込むエリュゼの様子はとても貴族の姫君――いや、伯爵家の当主には見えなかった。朗らかな笑みは傍目に見ていてもほっとする。
エリーアスに連れられてきたよりずっとたくさんある色と光、それから無邪気な笑顔を眺めているのは心地よかった。こんな感覚はいつ以来だろう。
目の前の光景に重なるのが、幼い頃に過ごした小さな村の光景だと気づいてユニカははっとした。
そこに炎はない。血の色もない。あるのは夏を間近に活気づく人々の、汗や土にまみれたささやかで豊かな暮らし。
(私……)
恐くなくなっている。
確かにあった、自分が壊してしまった温かな日々を思い出すことが。
この間、施療院の門前広場を眺めている時もそうだった。いったい、いつからだ。
いつの間に怖くなくなったのだろう。
「ユニカ」
呆然としていたところで肩を叩かれ、ユニカは悲鳴を上げて立ち上がった。振り返ると、悲鳴に驚いた待ち人が目を瞠っていた。
「すまない、そんなに驚くとは思わなかったんだ」
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