天槍のユニカ



相続(19)

「まあまあ、殿下もひとまず休憩しましょう。疲れていると怪我をしやすくなりますし、一本も獲れなかろうとこの長時間、ほかならぬ紅の騎士姫≠ノ挑み続けたのだからアルフレート様も大したものですよ。自分には無理です」
「情けないわね。それにね、疲れていようと敵は来るのよ。疲れていてもどれだけ踏ん張れるかでしょ?」
「そういう熱い話はまたの機会に、ね」
 アロイスがにこやかにレオノーレの気分を鎮めている間に、アルフレートを抱えたクリスティアンがこそこそと戻ってくる。
 疲労困憊という感じではあったが、アルフレートの目はらんらんとしていた。少し休んだらまたやるぞと言わんばかりで、気力は折れていないらしい。
 そんな弟に呆れつつ、ユニカは冷ましておいたお茶をアルフレートに差し出した。そして彼の手に迎えられたカップに血がついたことに気がついた。
「アルフレート、血が出ているわ」
「ああ、うん。でも大丈夫です、これくらい」
 彼はそう言ったが、カップを手放したあとの小さな手は血みどろだった。擦りむきもしているし、肉刺(まめ)も潰れているらしい。痛いわけがない。
「大丈夫じゃないわ。エリュゼ、手当をしてあげて」
 アルフレートはけろりとしていたが、ユニカが頼むまでもなくエリュゼが薬箱を取りに行ってくれる。
 この少年は甘えた顔をしてすり寄ってくることがあるくせに、存外打たれ強いらしい。それにしたってここまでやることはないだろうに。
「姉上?」
 溜め息をついたユニカを見上げ、アルフレートは不思議そうに目を瞬かせる。
「せっかく上手にクラヴィアを弾けるのに、こんな手じゃしばらくは無理だわ」
「そんなの、治ればいくらでも弾けますよ。それに僕は、クラヴィアより剣の方が上手くなりたいな」
 こともなげに言われてしまってはユニカから返す言葉はない。
 ディディエンが持ってきてくれた水で血を洗い流す時にはさすがに痛がったものの、膏薬を塗られる時にはアルフレートはもう黙っていた。
「ところで、ゼートレーネへ行くのはいつにするか決まりましたか?」

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