天槍のユニカ



相続(18)

「それは、私の方で殿下と打ち合わせておきます」
 口ぶりは素っ気ないのに、カイはユニカの依頼に対して一度も「否」とは言っていない。それどころか旅の手配はすべて彼が済ませてくれるようなものなので、視察への道が着々と定まっていってしまいそう。
「王妃様がゼートレーネへ足をお運びになる際に色々と準備なさっていたものは、エリュゼの方が詳しいでしょう。その用意は任せても?」
「はい、喜んで」
「ではお願いします。費用のことは気にせず、王妃様がなさっていたことと同等の水準を必ず維持するように。領主が変わって対応が悪くなったと言われるわけにはいきませんから。姉上は……せいぜい心の準備をしておいてください」
 行きたくないことはもちろん見破られていた。それだけに上の弟はユニカが行かないという選択肢を選ぶことなど絶対に許してくれないと思うのだった。
 それから小一時間、ユニカが領地に行って何をしなければいけないのかを滔々と聞かされた。今年の秋に納められる税の見通しを点検することや、領民の代表からの要望を聞くことなど、何をどうすればいいのか具体的なことがまったく想像出来ない。
 ユニカがどんどん青ざめていくので、エリュゼが最後に「それを、代理人のカイ殿にやっていただけばいいのです」と付け加えてくれた。
 カイも初めからユニカにそんな責務を果たせるとは思っていなかったようで、エリュゼの言葉を否定せず涼しい顔でお茶をすすった。
「人にやらせて、それを見ているだけの方が箔がついてよいのではないですか。ゼートレーネの人間にしてみれば、姉上が王妃様と同じくらい良心的な領主であってくれればよいだけで、別に実務的な能力など期待していませんよ」
 貶されたのか宥められたのか分からないまま、ユニカは頷く。その時、ひときわ大きく剣のぶつかり合う音とアルフレートの悲鳴が聞こえた。
 様子を見に行くと、再三にわたって吹っ飛ばされていたアルフレートはまた芝生の上に転がっていた。剣を握る力も尽きたようで、彼から少し離れたところに刃のないきらきらした剣が横たわっている。
 さすがに心配になったのか、二人の稽古をさりげなく見守ってくれていたクリスティアンが庭へ降り、アルフレートを抱え起こしてくれた。
「もう終わりなのアルフ。まだ一本も獲れてないわよ」
 レオノーレはすっかりへばっている少年をさらに挑発する。彼女に悪気もなければ、アルフレートもまだ立ち上がろうとしているようだったが、アロイスも露台の柵からひらりと飛び降りていってアルフレートの剣を拾った。

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