天槍のユニカ



相続(16)

「はい!」
 「気合いを入れてとりあえず」ってどういうことだ。いや、そもそも子供相手なのだから手加減はちゃんとしてあげて欲しい……ひやひやするユニカに構わず、アルフレートは元気のよい掛け声とともに果敢にレオノーレへ突進していく。
 分厚い金属のぶつかる音がいくつか響いたあと、アルフレートが本当に芝生の上へころころと転がされてしまったので、ユニカは思わず目をつぶった。
 最初からこんな調子では彼が擦り傷の一つや二つを追うのは時間の問題だろう。ヘルミーネになんと言えばいいのか。
「姉上、ご領地の視察についての話をさせていただいてよろしいですか」
 カイも一緒に露台へ出てレオノーレ達の様子を見ていたが、転がされてもめげずに立ち上がる弟にはあまり興味がないようだった。
「でも、大丈夫かしら……」
「いつものことです。アルフのやんちゃを見張っていたら日が暮れます」
 言ってカイは踵を返し、部屋へ戻ってしまう。エリュゼに促されたのもあって、ユニカも席へ戻った。
「ゼートレーネについて、姉上はいくらかご存じですか?」
「一通りは、エリュゼから聞いたわ」
 王都アマリアから見て西側にあるレゼンテル領邦にあること。小さな湖が点在する高地にある村の一つで、その名は村に隣接する涙の湖(ゼー・トレーネ)≠ノ由来すること。過去四代の領主が王妃であること。ほかにも景色がいいとか何が特産だとか、エリュゼは色々言っていた。
「でしたらお分かりでしょうが、あの土地は長い間天領として大切にされてきました。私を代理人に立てるのは構いませんが、緊急時でもないのにその代理を寄越すだけというのはあり得ません。歴代の領主たる王后冠を戴いた方々に敬意を払い、まずは姉上が足を運ぶべきです」
 つい先日、名実ともにユニカの弟になったカイは、そのことを知らせに来ると同時に彼とアルフレートに対して敬称や敬語を使うことを禁じた。これからはこちらがユニカを姉として敬う立場になったのだから、と言われたが、正直なところカイの態度は以前と変わらない。これまで通り不機嫌そうで、不機嫌そうなのに、必ずお土産に手の込んだお菓子を持ってきてくれる。
 そんな彼は古く分厚い羊皮紙の束を召使いから受け取り、テーブルの上を滑らせてユニカに差し出した。

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