天槍のユニカ



相続(13)

 ユニカは単純な親切心からそうしたのだが、二人の心中は意外とよこしまだ。
 ラドクが本を読む主目的は、物語を楽しむことより女を口説くために文学的教養を養っておいた方がよいと思っているからだし、アロイスはユニカの姿絵を賄賂としてディルクに渡すつもりだったのだ。クリスティアンの機嫌をとるのに使えるかも知れないので、一応エリュゼの絵も描いてある。
 騎士達がそうやって時間を活用していることなど知りもせず、ひとまずユニカはエリュゼの関心が自分から逸れたことに安堵しながら置き時計に目をやった。
 昼を過ぎて二時間が経っていた。ユニカはおや、と首を傾げた。
 今日は午後からカイが来る予定だった。領地視察の話について、カイを代理人に指定して彼だけを派遣することは最初から出来ないにしても、それ以降を任せるつもりなら一緒に行ってもらえばいいのではないか、というエリュゼの助言に従うためだ。
 相談の手紙を出したところ、今日の午後二時に話をしに来るという返事があった。カイの性格からして時間に遅れることなどなさそうなものなのに。何かあったのだろうか。
 まったく警戒を緩めていた二人の騎士が、外敵の接近に気づいた狼のように耳をそばだて、慌ただしく本や帳面を片付けたのはもう少ししてからだった。
 とはいえ彼らの趣味のお供はそこそこ大きい。懐にしまえるわけではないので、二人とも何気ない顔で本と帳面を、彼らの上官が検めるはずのないユニカの机に置いた。事前に許可を取っているあたりがだいぶ手慣れている。
 やがて客人の来訪を告げる侍女のフラレイが扉を開けたところで――彼女を押しのけ追い越して、何にも行く手を遮ることを許さない姫君が現れる。
 ユニカが目を白黒させている脇で糸で吊されたように背筋を伸ばしていた騎士達は、ディルクと同じくらいに気心の知れたレオノーレの顔を見るなり肩の力を緩めた。
「なんだ、公女殿下じゃないですか」
「何よその言い方は」
「クリスティアンかと思ったんですよ」
「さてはあんた達、暇なのをいいことに遊んでたわね」
「遊んではいません」
 時間を有効活用していただけで、と笑っていた騎士達だが、そのあとから無言で入ってきたクリスティアンの冷たい視線に射すくめられ、再び凍ったように表情を引き締めた。
「交替します」
 そして、わざとらしいほどにきびきびとした敬礼をクリスティアンと交わし、逃げるようにラドクが部屋を去る。残されたアロイスは自分の帳面が見つからないことを祈るしかない。

- 970 -


[しおりをはさむ]