天槍のユニカ



相続(12)

「そう」
 でも、エリュゼはこの話を膨らませようとはしてくれなかった。やっぱり触れられたくないのだろうか。確かにユニカには関わりのない話だが。
 上手く探りを入れる手が思いつかないので、仕方なく針を刺し始める。すると今度は、反撃といわんばかりにエリュゼが言った。
「ユニカ様は、この頃その指輪がお気に入りでいらっしゃいますね。イヤリングも、櫛も時々お着けになりますし。確か、王太子殿下からのお誕生月のお祝いで……」
「別に気に入っているわけじゃないわ。着けているように言われただけよ」
 みなまで言わせないうちに遮り、指輪がはまっている左手も隠す。
 いつも一緒にいるエリュゼが気づいていないはずはないと思っていたが、改めて指摘されると顔が熱くなった。きっと真っ赤になっているに違いない。それをどうやってごまかそう。
 焦るユニカの思考に、思わず噴きだしたという具合の笑い声が紛れ込んでくる。
 エリュゼと一緒に声の主を睨みつけると、彼――騎士のアロイスは木炭を持った手を振った。
「失礼。いや、女性の春らしい会話というのは耳の保養になるなと」
 そう言って自分を無視するように促すアロイスはにやにやと意味深な笑みを浮かべていた。彼の要求通り、ユニカとエリュゼはくだんの騎士からついと目を背ける。
 そのアロイスは、上官のクリスティアンが不在なのをいいことに、ユニカ達から少し離れた場所に椅子を置き組んだ脚の上に帳面を載せて絵を描いていた。彼の趣味らしい。
 クリスティアンが出ていった直後、彼は「美しい方を描いた方が絵が上手くなります」という背中がかゆくなるようなお世辞とともに、刺繍中のユニカの姿を練習に使わせてくれないかと言ってきた。
 まあ、いいか。そう思ったので、エリュゼが苦い顔をするのを適当に宥めてユニカはそれを許した。
 もう一人の騎士ラドクは、ユニカが貸してあげた本を壁にもたれて立ったまま読んでいる。彼は文学に関心があるそうだ。先日、二人で部屋へ戻ってきた時おもむろに「ユニカ様が机に積んでいる本を借りることは出来ませんか」と訊かれた。王家の図書館の本だったが、本が好きなら汚すこともあるまいと思ってこっそり又貸ししてあげることにした。
 どうせ自分の部屋で危ない目に遭うこともないのだから、騎士達も暇を潰せた方がいいだろう。

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