天槍のユニカ



相続(11)

「申し上げようがありませんでしたもの。いつも作品を拝見していますと言ってよい立場なのか分かりませんでしたし……」
 だからといってあんなに無愛想である必要はなかった気もするが、友好的でなかったのはユニカも同じ。気恥ずかしそうにしながら作業を再開するエリュゼを横目に、ユニカも次の布を手に取った。
 紫色の糸を持っていることだし、次はスミレにしようか。単純な図柄にすれば下絵がなくてもなんとかなりそう。
 そう考えたところで、ユニカはふと先日のディルクの話を思い出した。彼とクリスティアンがスミレの花を自分の紋章に使っているからだろう。
「クリスティアンとの話が、まだまとまっていないみたいだけど……」
 ユニカが注意深く尋ねると、エリュゼは再び悲鳴を上げた。また針先で指をつついたらしい。
「大丈夫?」
「ええ、もちろん。あら、ですがなぜ急に侯爵の話に?」
 弟に家督を譲り渡す手続きに入ったので、出来れば爵位で呼ぶのをやめてもらえると助かります。少し前にクリスティアンからそう言われ、ユニカは彼の望みの通りにしているのだが、一緒に話を聞いていたはずのエリュゼは頑ななほどに彼を家名と爵位で呼んでいた。理由は不明である。
 上擦った声と引き攣った笑顔で問い返され、ユニカは訊かない方がよかったのだろうかと少し後悔した。
「この間、殿下が早く決まればいいのに≠ニおっしゃっていたから……」
 エリュゼがどういう返事をするのか気になって。とまでは言わずに、ユニカは次の布につける刺繍もラベンダーにしておこうと思った。スミレは色々と刺激になってしましそうなので。
 どうも、エリュゼにはクリスティアンと親しくするつもりがないように見えた。だから婚約も断るのではないか。その場合はどのように断るのか。ユニカはそのあたりが気になる。
 ディルクの申し出――有り体にいえば求婚は、認めたくないがまだ生きている。それをさっぱりと断れる貴族流のよい文句や理由を教わりたいのだ。
 こんな話が出来るのはクリスティアンが小隊長の会議で不在だからだった。彼も基本的にはずっとユニカの傍にいるので、こういう話が出来る機会は滅多にない。
「話し合っているところですわ。お互いの色々な事情も含めて」

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