天槍のユニカ



相続(8)

「……いいえ。お与えになっておりません」
 クリスティアンの擁護を試みたエリュゼのことも王太子として両断すると、二人はそろって沈鬱な顔を並べた。
「クリスには任務としてユニカの身を守るよう命じてある。女伯爵にいたっては正式な職務のために王城への出入りを許しているわけですらない。そのあたりを、もう一度よく考えてもらおう」
 恭順の意を示して深く頭を垂れる二人を見据えたあと、ディルクは柱に絡みつく白色の蔓薔薇を目で追い、やがて天井を仰いだ。
 ユニカにはああ言ったが、アレシュの本当の目的はディルクを懐柔することではあるまい。
 トルイユの国教でははシヴィロ王国やウゼロ公国と同じ神々を崇めながらも、その教義はずいぶん違う。
 天の主神は世の理と正義の導き手だが、実際に世界の様々な事象を動かし治めているのはその娘である十二の女神達であるとされていた。
 いくらあの国において権勢を誇るブルシーク家といえど、トルイユの王権を譲り受けるにはもっと決定的な力≠ェ要る。
 だからアレシュはシヴィロに残った。
「まあ、お前達がいるからユニカは安心して出かけられるんだろう。引き続き彼女のことを頼む」
 ディルクはもう一度年若い伯爵と騎士に視線を戻し、しゅんとした二人を力づけるために言った。
 この頃のユニカは、頑なに西の宮から出ようとしなかった頃のユニカとは大違いである。むりやり連れ出したことももはや懐かしい。
 連日「外出」の報告がクリスティアンを通して上がってくるのも、微笑ましい一方で少しつまらない気もした。
 ディルクからユニカの方へ接触するには職務上の理由か小細工が必要だが、ユニカはまったくの自由の身だ。そんな彼女はパウル大導主には会いに行くのに、ディルクのところへ来てくれたことは一度もないのだから。
 そんなことを考えると、自分が多少拗ねていて、それゆえにユニカから離れたクリスティアンと騎士達の仕事にちょっと口を出したエリュゼをきつい口調で咎めたのだと分かってしまった。
 ディルクはますますむっとしつつ、次の仕事に向かうべく席を立った。

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