天槍のユニカ



相続(7)

 芽を出した企みを愛想のよい笑みで隠し、ディルクはそろそろユニカを解放してやることにした。
「さて、引き留めて悪かったよ。部屋に戻ってゆっくりするといい」
 ユニカはむすっとしたまま頷き席を立つ。そんな彼女に――忘れていたわけではなさそうだが――さっき贈った薔薇を改めて手渡すとか細い声で礼を言われた。この分なら部屋に持ち帰って目につくところに飾ってくれるかも知れない。
 石の矢車菊と合わせて、これもなかなかいい作戦かも知れないな。次に会う時はまた花を用意しよう。
 そう思いついたと同時に、温室の外に控えさせていた信頼の置ける部下達がティアナに呼ばれてやってきた。
「ラドク、ユニカを宮まで送るように。クリスとプラネルト女伯爵は残れ。もう少し話がある」
 エリュゼの表情が引き攣れるしクリスティアンも困ったように眉根を寄せたが、ディルクの用件は二人の婚約云々に関することではなかった。また、ユニカの領地視察に関することでもない。 
 機嫌のよい顔でユニカを送り出したものの、再び椅子に腰を落ち着けた途端ディルクは二人を冷たく見据えた。
「なぜアレシュ・ブルシークとユニカが出くわすことになった」
 瞬間、ユニカの介添え役とディルクの騎士は顔を強張らせる。ディルクは臣下としての二人の返答を待つ間、昼食がのっていた皿の縁をいらいらしながら撫でた。
「私とラドクが馬車を呼びに行っている間のことで、偶然ではあると思いますが」
「二人同時に離れては意味がない。何のために二人体制を基本にしていると思っている」
「申し訳ございません」
 ディルクは友人ではなくユニカの警護を任せた部下としてクリスティアンを叱責せざるを得なかった。これは明らかに彼の失策だ。何もなかったからよかったものの、相手がアレシュでなくとも、王家と公爵家から明確な庇護を得たユニカをなおも害そうという悪意を抱く者が、人混みに紛れて近づく可能性もあるのだから。
 友人もそれを十分に承知しているようで、抗弁もなく静かに頭を垂れた。
「わたくしが、お二人で馬車を連れてくるよう申し上げたのです。門前も混み合い始めておりましたし、その方がよいだろうと思い……ユニカ様のお傍にはわたくしがついておりますからと」
「私は、卿に私の騎士に指示を出す権限を与えたか」

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