天槍のユニカ



相続(6)

「じゃあ、カイでいいでしょう。アルフレートでもいいけれど……」
 養父の公爵本人ではなく、即座に弟たちの名前を出すのでユニカがどれくらい公爵を苦手に思っているかがよく分かる。呆れかえるエリュゼの向かいで肩を揺すって笑いつつ、ディルクは少しだけエリュゼの肩を持ってやることにした。
「アルフレートはまだ成人していないから資格がない。カイを代理人にするにしても手続きは必要だよ。それに、たとえカイが引き受けてくれたとしてもいくつ嫌味が返ってくるか」
 弟になった少年の冷ややかな視線を思い出したのか、ユニカはますます憂鬱そうに、唇を引き結んで八つ当たりのようにビスケットの欠片をつつく。彼女に領主の義務から逃れる術を探し当てられるはずもなく、だんまりを決め込むしかないのだ。
「君が行った方が早いよ。それに、君がもらったゼートレーネは、王后領になって以来、歴代の王妃達が手放したがらなかった国内有数の景勝地だ。いい旅行になる」
「ええ、湖畔にあるとても美しい村ですわ。ユニカ様もきっと気に入ってくださるでしょう」
 唇を尖らせたままのユニカは肩を大きく落としながら溜め息をついた。不承不承領地へ行くことを了解したのか、単にうんざりしてこの話を拒否しているのか分からなかったが、どちらにせよ、旅の計画を立て始めるにはもう少し余裕がありそうだ。それまでにユニカの気持ちが定まっていればいいのだ。
「この話、陛下には」
「陛下には、エルツェ公爵が『思い出した時に申し上げておく』と。陛下のお手を煩わせるわけではございませんから」
「その通りだな。陛下に気にかけていただくことでもない。いいだろう。ユニカの新領地までの道行きは俺が安全を保証しよう」
 エルツェ公爵から取りつけてくるように命じられた約束をあっさりと手にすることが出来、エリュゼは無邪気に目を輝かせた。その隣でちっとも嬉しくなさそうに彼女の横顔を見つめるユニカ。
 ディルクは残っていたお茶をすすりつつ、頭の中の地図で王都アマリアからゼートレーネまでの道程をなぞった。
 かの地はアマリアから見て西南西の方角にあり、いくつかの湖をたたえた高地の中にある。レゼンテル領邦の北の端に位置し、ウゼロ公国と国境を接する場所にある王太子領とも近かったはずだ。
 悪くない立地だ。

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