天槍のユニカ



相続(4)

「……何かお知らせしたいことがある時は、言います」
 指輪を隠すように左手をさすりながら、ユニカはいろいろなものから目を背けた。


 それからすっかりユニカが黙ってしまったので、ディルクの話し相手はもっぱらエリュゼということになった。別に彼女との間に楽しい話はない。ユニカの暮らしや貴族との交際に必要な情報をいくつか交換しておく。
 ついでなので、自分の侍女が二人、近々役目を終えることも話しておいた。その噂はエリュゼも聞きつけていたようで、さして驚いた様子はない。傍に控えていたティアナへ形式通りの祝いの言葉を述べるところを見るに、ティアナの相手がエイルリヒであるという情報は掴んでいないようだ。
「卿の話も早く決まるといいんだが。春なんてすぐに終わるぞ」
 春は縁談の噂が多い季節だ。
 秋の終わりから冬にかけて、王都に集まった貴族の若者達は結婚相手を探し、領地へ戻る前に将来を約束していく。あるいは離れて暮らしていた許嫁と再会し、寒い中で愛なり恋なりの感情を育んで結婚の時期を明確に決める。
 そして夏の大霊祭が終わり、その年の収穫がそろって懐が潤った秋に婚礼の儀式を行い、冬には結婚の報告を兼ねて新しい夫婦が王族に挨拶にやって来るのだ。
 祝言を挙げるまでに数年を要する者も少なくはないが、シヴィロ王国とウゼロ公国においての貴族の恋は、おおよそそういう流れをたどるのだった。
 ディルクの呟きを聞いたエリュゼはあからさまにむっとしたが、何か言い返すのではなく取り合いもせずに話題を変えた。
「忘れるところでしたわ。殿下にはもう一つご相談申し上げたいことがありました」
「なんだ?」
 ディルクがそれすら面白がっていると、エリュゼの笑みはわずかに引き攣る。それでも彼女は体裁を保ったまま話を進めた。
「ユニカ様にはそろそろご領地へ足を運んでいただかねばなりません。出来れば大霊祭の前にと考えているのですが、その旅が恙なく行えるよう、殿下にお力添えをいただきたいのです」
 割ったビスケットの欠片を居心地悪そうにもてあそんでいたユニカが自分の名前を聞きつけて顔を上げた。しかし、何を言われたのかいまいち理解していないらしい。

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