天槍のユニカ



相続(3)

 ひとまず、アレシュの関心が自分にあるわけではないような気がしてきたので、ユニカはこっくりと頷いておいた。
 この間も、今日も、たまたま出くわしたのだろう。思えばまだたった二回のできごと。偶然の範疇だ。
「それじゃあ、君の話を」
 自分の目的は済んだので気を緩めていたところへ突然水を向けられ、ユニカはカップに指をかけたままきょとんとした。
「君の最近の話も聞きたいと言っただろう。だいぶ頻繁に出かけていたようだけど、パウル猊下とのおしゃべりやら施療院の見学やらで何か得られるものはあったかい?」
 ディルクがユニカの予定を把握していることは分かっている。分かっているが、日々騎士達があげる報告をもとに観察されていたのだと思うとむっとする。と同時に、ディルクがずっと気にかけてくれていたことも分かってしまう。
 ユニカはそわそわしながら顔をしかめ、黙る口実を作るために食べたくもなかったビスケットを口に入れた。ディルクも二つ目のパンをかじり始める。ユニカにとって不運なことに、彼にはまだゆったりと食事をしてユニカの話に耳を傾ける時間があるということだ。
 とはいえ特段報告出来るようなこともないのに。
 パウルは養父やエリーアス、教会のこと以外にもいろんな話をしてくれる。王都アマリアへやってきて初めて食べた料理のことや、シヴィロ王国では名高い百科事典『カゴール版』にいろいろと納得いかない記述も多いことだとか、それこそとりとめのない雑談を。
 施療院の仕事の手伝いを申し出たことは、まだ本当に手伝えることがあるか分からないので黙っておきたい。
 エリュゼは隣で「言えばいいのに」という顔をしていたが、彼女から勝手に報告してしまうことはなさそうだ。
「私のやっていることなんて、どうせ殿下はなんでもご存じでしょう」
「まぁ、予定としては知っているけど。君がどんなことを考えたり感じたりしているかまでは分からないし」
 当たり前だ。それにユニカが何を考えているかなんて、ディルクには関係ないはずだ。
 そう思ったが、カップを撫でていた自分の左手に矢車菊が咲いていることを思い出す。加えて先ほど唇に押しつけられた白い薔薇も視界の隅で微笑むように咲いている。

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