余韻(12)
「何か欲しいものはないか? ああ、本はどうだろう」
「……どうして本なの」
フードの縁から覗くユニカの表情に、ディルクはおやっと思った。明らかな興味がユニカの青い瞳に映ったのだ。初めて見る表情だった。
「バイルシュミット王の古典をすぐに言い当てたじゃないか。王家の伝記も読んでいたし、読書が好きなのかと思って。いや、しかし王家の図書館があるから本には困っていないのかな。蔵書が豊富だと侍従が自慢していた」
「八年も通い続けていれば、さすがに読み尽くしました」
「八年?」
それはユニカが王城で暮らしてきた年月だった。ユニカが数百人の命を奪ってからの年月でもある。
それについて訊ねようか、ディルクは一瞬迷う。しかしやめた。まだ、それを語ってくれるほど心を許してくれてはいまい。
「読み尽くしたか。それはすごいな」
八年。その数に触れられることをユニカも警戒したようだが、ディルクがただ感嘆するので、彼女はほっとしたらしかった。
「いえ、物語や、歴史の本はという意味で……。数学や法律の本は読んでいませんから」
「それでもすごいよ。よほど夢中で読まなければあの図書館は制覇出来ないさ。やっぱり本にしよう。せっかくだから、あの図書館には入らないような本がいいな。庶民の間で流行っている小説なんてどうだろうか。意外に面白いよ」
「読んだことがおありなのですか?」
「テドッツで流行っていたものはいくつかね。アマリアの流行は知らないが、興味があるかい?」
ユニカはきゅっと唇を噛んだ。侍女たちが巷で流行りの小説についてはしゃぎながら話していたのを思い出し、胸の辺りがうずうずした。しかし素直に言葉は出てこない。
そうしている内に内郭へたどり着き、ドンジョンの門をくぐる前に馬を下りることになった。
自分で歩こうとするユニカを、ディルクは当たり前のように抱きかかえる。門を守る兵士たちの視線が痛い。
しかしその視線もすぐに感じなくなった。西の宮を守る兵士は一人としていないのだ。
もの寂しい薄闇の中、ちらつく小雪が白い灯りのようにも見える。
ディルクと自分の息づかいしか聞こえないほどの静けさは、ユニカにとって馴染みのあるもののはずだった。やっと戻れた。そう安堵する反面、なにか惜しいような気もした。
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