天槍のユニカ



余韻(11)

 ユニカは躊躇いながらもディルクに体重を預ける。互いに分厚い外套を着ていたが、これだけくっついていればほのかにぬくもりが伝わってくる気がした。そう思ってしまうとなおさら落ち着かない。
「礼がしたいんだが、」
 内郭の門が近づいてきた頃、しばらく沈黙していたディルクがぽつりと言った。
「礼?」
 顔を上げれば、思っていた以上に近いところでディルクが微笑んでいる。篝火の前を通り過ぎる時、鮮やかな炎を受け入れた瞳にはユニカの驚く顔が映っているのが分かった。
「詫び、と言った方がいいのかな。了解はしてもらったが、強引に連れ出してしまっただろう。嫌な思いをさせた。おかげでエイルリヒは助かりそうだよ」
「そう……」
 ほっとしつつも、ユニカはうつむいた。ディルクから目を逸らすためでもあり、己の血から目を逸らすためでもあり。
「今日のことは、いったいどんなふうに始末がつけられるのですか」
「何もなかったことにする」
「え……」
「言っただろう。シヴィロ王国とウゼロ公国の関係はそんなに単純じゃない。それに、エイルリヒが王城の中で危害を加えられたとなれば、犯人を捜さないわけにはいかない。けれどその犯人がもしもシヴィロ貴族だったら? エイルリヒが死ぬのと同じくらいにまずい。だから表向きは何もなかったことにするんだ。公国には、昼食会の主催者である私の監督不行き届きだったということで償いをする。それで終わりだ。だから、今のところは君の存在も公に明かすわけではないよ。……それが心配だったんだろう?」
 顔を覗き込まれそうになり、ユニカはいっそう首をすくめてフードを目深に被った。
 しかしディルクが言うことは当たっていて、『天槍の娘』の血がエイルリヒを救ったのだと吹聴されるのをユニカは恐れていた。
 よかった。これでまた、部屋に籠もって平穏に暮らしていけそうだ。
「何がいい?」
 ユニカの肩からふっと力が抜けるのを感じつつ、ディルクは彼女を驚かせるためにわざと耳許で囁いた。ユニカは思った通りの反応を見せてくれる。びっくりして身体を離そうとする彼女を抱き寄せ、ディルクは首を傾げて見せた。
「何が、って……」

- 143 -


[しおりをはさむ]