天槍のユニカ



余韻(13)

 西の宮へ入ると、二人はすぐに外套を着込んだエリュゼと出くわした。どうやらユニカを迎えに行こうとしていたらしい。
 ユニカが無理矢理連れ去られたと思っているのか、ディルクを迎えた侍女の目は心なしか冷ややかである。
「王太子殿下、ここで結構です。あとはエリュゼの肩を借りて歩きますから」
「いや、最後まで送るよ」
 侍女が面白くなさそうな顔をしたところで、ディルクがすごすごと退散するはずもない。降りるつもりでいたユニカを抱え直し、ディルクは本当に部屋までやって来た。
 そして、いつもユニカがくつろいでいる寝椅子(カウチ)に彼女を降ろすと、肘掛けに手をついたままユニカに覆い被さるようにして離れていかない。
「殿下……?」
 静かな眼差しでただ見つめられるばかり。ユニカはどぎまぎしながら視線を逸らした。
 今日は何度も近いところで彼の目を見ている。その中に自分の影を見つけると、どうしていいか分からない。
 ディルクはしばらくユニカが戸惑う様子を観察していた。やがてくすりと控えめな笑みをこぼし、おもむろにその場に跪いた。同時に彼女の手を掬い上げ、指先に触れるか触れないかの口づけをした。
「近いうちにいい本を探して届けさせるよ。――今日はありがとう」
 ユニカは大きく目を瞠る。
 ありがとう。
 ありがとう、と、言われた?
 ディルクは呆けているユニカの手にもう一度口づけ、すっくと立ち上がった。去ろうとする彼をテリエナとフラレイが競うようにして見送りに行ったが、ユニカは呆然としたままでそれにも気がつかなかった。
「ユニカ様?」
 エリュゼに声をかけられてユニカはようやく我に返る。
「お身体の具合はいかがですか。どこかお辛いところは……」
「大丈夫よ。でも、疲れたからもう休むわ」
「かしこまりました」
 いつもならしつこく食事を勧めるエリュゼだったが、この時ばかりは何も言わなかった。
 彼女が寝室の支度に向かうと、ユニカはディルクに口づけられた手を見下ろしながら、唇が触れた場所をさすった。
 こんなに忌まわしい力に礼を言う者がいるのかと、ユニカはただ驚いていた。






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