天槍のユニカ



『娘』の真偽(26)

「はい。それでは殿下、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 部屋を辞するティアナに向かって、ソファの背もたれによじ登らんばかりの勢いで手を振っていたエイルリヒ。しかし彼女が扉の向こうに消えた途端、すとんとその場に座り直して脚を組んだ。
「で、こんな序盤でティアナを温存というのはどうしてですか?」
「言っただろう。陛下が怒っていらっしゃるからだ。主治医として重用しているイシュテン伯爵も、王太子付きとして召し抱えているティアナも、あの方なら簡単に切れる」
 ぶす、とふくれて、エイルリヒは黙る。否定はしない、むしろ賛同しているだろう。伯爵父子は張り切って協力してくれているが、こんなに早い段階で彼らの力を失うのはもったいないことだ。
「それから、マティアスの部下も撤収だ」
「どうして!?」
「これ以上、あの娘の暮らしぶりで知りたいことはない。直接会えばいい」
「でも、陛下が許しなく西へ立ち入るなって……」
「許しを貰えればいいだろう」
「どうやって?」
「さあね」
 ディルクはほくそ笑みながら杯に口をつけるが、特にいい案があるわけではなかった。
『見え透いた嘘はやめよ』
 ユニカのことを知らない振りで問うたディルクに、王はそう言った。ばれている。
 ディルクがユニカに接触しようと図っていたことを、彼は知っているのだ。
 その割に譴責一つで済ませるとは甘い。ティアナを叩きつけるほど怒っているのは確かだが、あの程度でディルクが大人しくなると思っているのだろうか。
「さあねって、兄上はともかく、僕にはそんなに時間がありません。あと二十日ほどで帰国なんですよ」
「すぐにまた戻ってこられるだろう。成人すればお前は正式に大公の跡継ぎ。頻繁に行き来することになるさ」
「そうですけど……あ、ねぇ。いい案がないなら、僕の考えで進めてもいいですか?」
 ディルクは杯越しに弟の表情を窺った。吊り気味で大きな目が期待を込めてこちらを見つめている。
「どうするつもりだ?」

- 65 -


[しおりをはさむ]