天槍のユニカ



『娘』の真偽(25)

「はぁ?」
 やはり酔っているらしく、エイルリヒの突っかかり方が少し妙だ。それは置いておくとして、ディルクは傍へやって来て跪いたティアナの肩を優しく叩いた。
「陛下はかなりお怒りだった。少し時間をおこう」
「時間をおいたからといって解決することでもございませんわ。ある程度は強行にことを進めねば……」
「お前だけが無理をする必要はない。強行にいくなら、ある程度という遠慮も不要だ」
「……。お力になれず、申し訳ございません……」
「いいと言っている。とにかく、三日間ティアナは休み。明日は屋敷に帰ってエイルリヒの相手でもしてやってくれ」
 きゃっとはしゃいだ声を上げて、エイルリヒはクッションを抱きしめる。そんな婚約者と相対して沈痛な面持ちのティアナは、ディルクを見上げるとおもむろに口を開いた。
「あの……一つ案じられることが」
「なんだ?」
「殿下のお世話の指示を出せる者が、いなくなってしまいます」
「そういえばそうだな」
 ティアナのほかにも、ディルクの世話をする侍女は何人もいる。彼女らに指示を出すのが侍従のカミルの仕事なわけだが、実質指揮を執っているのはティアナだった。カミルは明日風邪を引いて休みかも知れないし、どうせ来たって要領が悪く、あまり使いものにならない。
「ツェーザルに言って人を手配しておいてくれ」
「かしこまりました」
 それが最後の心残りだったらしい。ほっとして微笑んだティアナの表情はいつも浮かべる事務的な笑顔とはまた違っていた。
 その彼女の顎に指を引っかけ上向かせると、ディルクはくすくすと笑う。
「口を開けば仕事のことばかりだと思っていたが、そういう顔もするんじゃないか」
 ディルクが言い終わるや否や、向かいの席からクッションが飛んでくる。それを器用に払い落とし、彼は何食わぬ顔でティアナから手を離した。
「ティアナ、もうさがって休んでください。兄上はまだ僕と話があるのでしばらく起きています。明日、僕はちょっと寝坊しそうですけど、あの……遊んでくれますか?」
「もちろんです。お待ちしております」
「やった! 昼過ぎには屋敷に到着するようにしますから!」

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