天槍のユニカ



『娘』の真偽(22)

 すでに齢五十五を数えた王だが、彼はまだまだ気力もあり、仕事好きだ。放っておくと決裁の署名と判捺しを明け方近くまでやっていることがある。今夜もそのくちかと思ったら、ユグフェルトはその書類を畳み、別紙に一筆書いて判を押した。
「先ほどおおせの書簡でしょうか」
「そうだ。明日は開門と同時に城を出よ。午(ひる)までには戻れ」
「かしこまりました。マグヌス導主宛でございましたね」
 マグヌス導主宛ということは、戸籍帳に関わることだ。そう想像しただけで、翌日の朝の支度を侍女に引き継ぎ、ツェーザルは退出した。
 ユグフェルトも、今日は寝間着に着替えるとすぐに寝室へ入った。侍女たちが珍しがっているのを感じながらも毛布にもぐりこみ灯りを消す。
 夜番の兵士の持つ灯りが窓の外をゆらゆらしながら通り過ぎて行く。
 普通はこういうものだ。王城の内部で、灯りが絶えることはない。西の宮だけがその穴だった。
 ユニカの存在はほとんどの貴族にとって不穏分子である。
 しかし今回のように彼女が襲われ、しかも成功してしまったことはなかった。今までは、そうした計画を察知する度にユグフェルトが色々な手を用いて潰してきたからだ。
 今回の襲撃は、ウゼロ公国から新しい世継ぎを迎えた変事の対応に追われる王の隙をついたにほかならない。いつものように計画を練らず、素早く決行したのはある意味正解である。
 西の宮にも兵を置ければ、と思う。
 しかしそれが出来ないことにも理由があった。
 ユニカは城にいない者=Aそしていてはいけない者≠セ。それを排除する動きは正当なもので、ユグフェルトにはそれを戒める理由がない。
 そしてもし西の宮に兵を置くことが出来ても、彼らがユニカの敵である可能性が高い。王の味方はユニカの敵なのだ。
 ユニカを守る一番の方法は、彼女を隠し、誰も近づけさせないことだった。
 ――ただし、これまでは。
 今日のように過激な手段に出られれば、やはり同じだけの剣でもって防ぐしかない。そして突発的な攻撃は今後も続く可能性がある。
 百二十年ぶりにウゼロ大公家からシヴィロ王家の跡継ぎを迎えなくてはならないという変事が、王妃クレスツェンツの死に続いて王城内の力関係を乱した。

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