天槍のユニカ



『娘』の真偽(18)

「早く出て行って」
 これほど無礼な態度はないだろう。どんな理由であれ、介抱してくれた相手に向かって礼ではなく出て行けなどと言うのは。
「……出て行くつもりはないよ。君の身体が気がかりだ。まだしばらくはいる」
 しかし拒まれたはずの彼はくすりと笑ってそう囁き、おもむろに立ち上がった。
「雪を取ってくる。よく冷やした水で汗を拭けば気持ちがいいはずだ」


 ティアナ共々寝室を出たディルクは、寝椅子(カウチ)に引っかけてあった上着を羽織った。
「殿下、外へおいでになるならわたくしが」
「いい、俺が行く。甲斐甲斐しく看病してやればちょっとは心を開いてくれるだろう。それにしても生意気な娘だな。面白い」
「……すっかり警戒しておいででしたね」
「他人が寝室へ入ってきたらあれくらい当然さ」
 ディルクはカーテンをめくって外の様子を窺った。月が出ていて外へ行くにはちょうどいい。ティアナにユニカの傍を任せ、灯り一つを持って部屋を出る。
 自分を拒む娘とは珍しい。
 歩きながらディルクは考える。ああいう娘はどうやって口説き落とすのがいいのだろうか。こちらが努力しなくては靡いてくれないような娘はあまり相手にしてこなかったのでよく分からない。
 遊び相手にするなら、従順で無邪気で、か弱く何も考えていない女が一番だった。気位が高かったり計算高い者は面倒くさい。恋の駆け引きを楽しみたいならそういう相手もいいかも知れないが、後始末が煩わしいのは嫌いだ。
 ユニカはそのどれとも違う。精一杯に人を拒絶する目。拒絶は人恋しさの裏返しであることを教えてやるのも楽しいだろう。道のりが長そうだということだけが憂鬱のもとであるが。
 ディルクは溜め息をつき、不意に立ち止まった。
 長い廊下に響いていた足音が自分のものだけではなくなっている。
 西の宮は夜ともなれば人の出入りがないことになっているようで、廊下には一つの灯りも灯っていない。自分が持っている灯火一つが視界のすべてだ。
 ほかに聞こえてきた足音は二つ。周りは暗闇――と思ったら、すぐ傍の曲がり角からぼんやりと橙色の光が伸びてくる。

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