天槍のユニカ



『娘』の真偽(17)

 間近に迫った青緑の瞳に橙色の火の色が入り込み、揺れている。
 きれい。
 ユニカの思考は一瞬止まりかけたが、すぐに我に返り、背中にもう一方の腕が回り込むのを阻止しようと藻掻いた。すると彼は諦めたのか、少し身体を離して支えになりながらユニカを寝台に横たえさせてくれた。
「熱もあるだろう。何度も薬を飲ませたんだが、ほとんど効いていない」
 その言葉に、ユニカは眠りの狭間に味わった甘い水の味を思い出した。味だけではない。
 目の前に迫った王と同じ色の髪、青の混じった湖のような緑の瞳。しかも、あれを何度も? 覚えているような、いないような……。
 頭の中身がぐるぐると掻き回されているような気分だ。王太子がここにいるというだけでも混乱するのに、夢現に見た彼の顔が近すぎてさらに混乱した。私は何をされたのだろう。
 しかし動揺しないように、何の反応も示さないように、ユニカはもう一言も発すまいと唇を噛む。
「君は噂に聞く『天槍の娘』なんだろう?」
 そんな彼女の気も知らず、王太子は低い声で問いかけてくる。
 『天槍の娘』。
 心臓がぞっと縮み上がるのを感じながらユニカは息を呑む。そして、彼女を映した青緑の瞳を呆然と見つめ返す。
「知っていらっしゃるの?」
「やはりそうなのか」
 王太子の声音には少なからず嬉しさが滲み出た。ふと綻ぶ表情は、普通の年頃の娘が見ればあっという間に心をとろけさせてしまうほど絵になるもの。
 しかしユニカは全く別の感情に頬を赤らめる。
 そういうことか。そうに決まっている。
 何の目的もなくユニカに近づく人間など、いるはずがないのだから。
 彼は、ユニカが『天槍の娘』だと見当をつけたからここにいるのだ。
 物珍しい、王にとり憑く魔女の顔見たさに。
「王太子殿下」
 ふつふつとこみ上げる怒りにまかせ、ユニカは努めて柔らかい笑みを作る。そしてきっぱりと言った。

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