天槍のユニカ



『娘』の真偽(16)

「先日お会いした。覚えていないか?」
 ユニカはゆっくりと息を吸いながら青年を見上げる。起き上がろうと思ったが痛みに邪魔されそれもままならない。刺客だったら天槍≠喰らわせてやればいい。が、この男の身分の高そうな装いは、それとは違う気がした。
 相手をまじまじと観察し、ユニカは彼が着けているソリテールの指輪に目を留めた。
 金のリングに、盾の形の大きな青い宝石が乗っている。細かな模様はよく見えないが、青地に金で双翼の獅子が描かれた盾はシヴィロ王家の紋章だ。
 その紋章を身に着けることが許されるシヴィロの王族は、今やたった二人だけだった。
 国王と、
「王太子……?」
 ユニカの解答に、ディルクは目を細めて頷いた。そして呆然とする彼女の髪を一房掬い上げ、それに口づけて見せる。
「先日からそう呼ばれている。君は私の入城の日に、私たちの上にストールを落としたひとだろう。同じ匂いがするよ。……さっき柱廊(コロネード)で襲われたことは覚えているか?」
 ユニカは息を呑んだ。
 なんということだ。兵士に襲われるところを見られていたというのか。まさかとは思うが、自分は王太子にこの部屋まで運ばれて介抱されていたのか?
 彼を徹底的に避けるつもりが、寝室に侵入されたばかりかこの身体のことを知られてしまったのだとしたら……。
 しらを切り通して追い払おう。今はそれしかない。ユニカは内心青ざめつつも無表情を装い、王太子から顔を背けた。
 そして彼の手から髪を抜き取り、枕元の柵にすがりついて上半身を起こした。息を止めて痛みが収まるのを待ってから、この上なく皮肉な笑みを浮かべてみせる。
「覚えておりません」
「……おかしなことを言う」
「覚えていないものは、覚えていないのです」
 ユニカはめいっぱい嫌味な笑みを浮かべた。相手が不快に思ってくれればそれでいい。
 しかし彼はわずかに眉を顰めただけで、また前触れもなくユニカに向かって腕を伸ばしてくる。
 柵に掴まっていた手を取り上げられ、彼女の身体はかくんと傾いた。痛くてどこにも力が入らず、ユニカは引き寄せられるまま彼の腕に捕らえられた。
「あのまま死んでしまうかと思った」

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