天槍のユニカ



『娘』の真偽(13)

「……じゃま」
 ユニカはぷるぷると首を振ってディルクの唇を振り払う。そしてシーツに顔を埋めるように、身体を少しだけ拗りうつ伏せになる。
 ……邪魔?
 ディルクはユニカの身体の両脇に手をついたまま呆然と彼女を見下ろした。
 何時間も看病してきた人間に対してなんという言い種。大した娘ではないか、天槍の。
「手を出すには早すぎると思いますけど」
 脈絡もなく耳許でぼそりと呟かれ、ディルクはむっと口を引き結んだまま身体を起こした。気配は感じていたのであまり驚かない。
 振り返った彼の鼻先では、ユニカを気遣い、そっと寝室へ忍び込んできた弟がにやにやと笑っている。
「水を飲ませてただけだ。うまく飲めないようだったから」
「ちょっと身体を起こしてあげればいいのに」
「触ると痛がる」
「だからって、寝かせたまま飲ませるとむせちゃいます。本当はキスしたいだけなんじゃないですか?」
「それはなきにしもあらずだな」
「邪魔って言われてましたけどね」
 くっくと喉の奥で笑い、エイルリヒは嘲りを隠さずディルクを見下ろした。
 背筋を伸ばした彼を頭の天辺から爪先まで見てみると、なぜか正装をしていた。いつの間にかユニカの部屋から消えたと思っていたら着替えてきたらしい。
「どうした、めかしこんで」
「どうしたって兄上、今晩も夜会ですよ? しかも、あのブリュック女侯爵のご招待」
「ああ……」
 ディルクは冷めた表情で視線を泳がせる。
「忘れていた。今から戻って支度しても――間に合わないな。欠席する」
「こらこら、だから僕が着替えてきたんですよ?」
「俺には似ても似つかない。背が足りてないぞ」
「はぁぁ!? 兄上に変装してきたつもりなんて微塵もありませんよ!!」
「しーっ」
 怒鳴ったエイルリヒの口を塞ぎ、ディルクは寝室を出た。後ろ手にそっと扉を閉める。

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