天槍のユニカ



目醒めの儀式(15)

 歩み寄ってきたラドクが今ほどまでの剣呑な表情を消し去り、おどけた調子で言いながら手を差し出してきた。ユニカは無言で頷き、彼の手を借りて馬車に乗り込む。ついでエリュゼも。
 ようやくアレシュの前から姿を消すことが出来た。そんな安堵に深く溜め息をつきつつ、宴の時といい、先日大聖堂で顔を合わせた時といい、どうして彼が自分に声をかけてくるのか、ユニカは怪訝に思った。
 まさかディルクが言っていたように、エルツェ家の姫君として婚姻を結ぶ相手になり得ると見なされているのだろうか。
「お花をお預かりしましょうか」
 ぞっとしながらもらった花を見つめているとエリュゼが静かに声をかけてきた。しかしユニカは首を振る。
 不吉な力が宿っているわけでもないが、こんなに気味の悪いものをエリュゼに持っていてもらうのは気が引けた。一応自分がもらったものなので、城に帰ったら責任を持って処分しよう――そうしないと、この嫌な気分が晴れない気がしたのだ。


「あなたがテナ侯爵ですか。あちらはラドク・レヒナー殿。どちらもお若いが音に聞く歴戦の勇者だ。そのような方々をユニカ様の護衛につけるのですから、王太子殿下はよほどユニカ様の身辺に気を配っていらっしゃるのですね」
 ユニカとエリュゼが馬車の中に乗り込むのを見守りつつ、二人の姿をアレシュから隠すように立ちはだかっていたクリスティアンは肩越しに振り返った。
 一見友好的な目がクリスティアンの視線を捉える。その後ろでは――クリスティアンがそうしているように――アレシュの騎士が剣に左手をかけていた。
 まさか、人々の命を救うために門を開いている施療院の前で斬り合いをするわけには、間違ってもいくまい。たかが紋章≠ノ警戒しすぎた。それもこちらが先に。ウゼロ公国ではいざ知らず、このシヴィロ王国においてトルイユは敵国ではないというのに。
「我々は殿下のお心の内を語れるほどの職権を与えられておりませんので、お答えは出来かねます」
 クリスティアンは無意識のうちに鞘を握っていた左手を外し、アレシュに向き直って慇懃に頭を垂れた。
「お答えいただかなくとも分かりますよ。殿下は王家の騎士を使わなかった。より信頼出来る、かつての自分の手足を選んだのですから。しかし困りましたね。そうもあからさまに敵意を向けられると……お父上のことがあるので、殿下や侯爵が我が国によい思いを抱いておられないことは知っておりますが。ああ、そちらのラドク殿も」

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