天槍のユニカ



目醒めの儀式(14)

 顔を背けるユニカや緊張した面持ちのエリュゼにもう一度お辞儀をすると、彼は自分の騎士もその場に残して市井の人波に紛れていった。そしてユニカが見ていた花売りの少女に声をかけ、鮮やかな水色の花を一束受け取って戻ってくる。
「どうぞ、ユニカ様」
 真正面から差し出されたのでは無視するわけにもいかない。ユニカは怖ず怖ずと手を差し出し、アレシュから花を受け取った。
「また教会でお目にかかりましたね。よくいらしているのでしょうか? さすがは導師の娘≠ナいらっしゃったお方だ」
 顔を隠すように花を見下ろしていたユニカは、うつむいたまま目を瞠った。
 どうしてこの男が自分の出自を知っているのだろう。『天槍の娘』は有名でも、多くの者は王妃がビーレ領邦のブレイ村から連れてきたということしか知らないはずなのに。
「大使殿は、どのようなご用件でこちらに」
「用件というほどのことでもありません。先日、具合を悪くした部下がこちらでお薬をいただきよくなったものですから、心ばかりのお礼をお持ちしただけですよ、プラネルト女伯爵」
 エリュゼも身分を示すものを身に着けてはいなかったので、爵位で呼ばれわずかにたじろいだ。
「何もそう警戒なさらなくとも。ユニカ様のお側に、お養母上であるエルツェ公爵夫人の代理として女伯爵が付き添っていらっしゃるという話を耳にしていただけですから」
 二人の強張った表情を前にしてもアレシュが気分を害した様子はなかった。むしろ彼は「可愛らしい」と表現してもいいような愛想のよい笑みを浮かべ、この遭遇を心から喜んでいるようだった。
 遭遇――この間、大聖堂でアレシュに会った日も。
 ユニカが無意識に花束を握りしめた時、施療院の門前にようやく騎士達が姿を現した。今日の外出に同行していたのはクリスティアンとラドクだ。彼らは騎乗し馬車のための露払いも兼ねてやって来たが、門前に停まった別の馬車とそこに描かれている紋章を見るなり、あからさまに視線を険しくしたのが離れていても分かった。
 エルツェ家の紋章をつけた馬車が車輪の回転を止める前に、二人の騎士はひらりと馬を下りる。
「お待たせして申し訳ございません。隣に停まっていた車の馬がどうにも行儀の悪いやつで」

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