天槍のユニカ



冷たい夢(11)

「キルルのごはんは美味しいもの。毎日食べられたらいいなって、ちょっと思う」
「あんたに言われてもね」
「導師様も、いつも『美味しい』って褒めてる」
「ほんと?」
 ユニカが頷き返すと、キルルの口許がにんまりと歪んだ。ところが、彼女は慌てて渋面を作る。
 「好き」なアヒムに褒められても、嬉しくなかったのかしら。
 ユニカは不思議に思った。

     * * *

 崩れた斜面はぐずぐずと水っぽく、まるで溶けたかのように荒い土がむき出しになっていた。数日前、初雪が降る直前の大雨のあとで亀裂が見つかっていた場所である。
 アヒムが恐れた通り、斜面の下にあったヘルゲという男の家がほとんど土砂に埋まっていた。気がついた近隣の村人がすぐに集まり懸命に泥を掻いている。
「レーナ! レーナ!」
 その中に狂ったように素手で土砂を掘っている男がいた。
 彼がヘルゲだ。アヒムとは同い年で、子供の頃からの友人である。アヒムは彼の傍へ駆け寄りながら叫んだ。
「ヘルゲ! 怪我はないか!」
「助けてくれ、レーナが埋まってる!!」
「レーナさんは家のどの辺りに?」
「今日も気分がよくないって、ずっと奥のベッドで寝てたんだ」
 アヒムは次の言葉に詰まった。
 奥。粗末な板の屋根が土砂の中から飛び出しているだけで、ヘルゲの家は形も残っていない。
「……素手じゃ危ない! そこにある板は引っ張り出せるか? それを使って!」
 アヒムに言われ、ヘルゲは土砂の中から突き出ていた自分の家の残骸を引き抜いた。彼は再び大きな身体を揺すって泣きじゃくりながら泥を掘り始める。
「皆さん、こちらへ集まって! ヘルゲの周りを掘ってください!」
 おお! と気合いの声を掛け合って、鋤や鍬を手にした男たちが泥の上を登ってきた。
 彼らのために場所を空けようとアヒムは後退る。その時、彼の右足がずぶりと泥の中に沈んだ。柔らかい泥に吸い込まれた自分の足を見下ろして唇を噛む。

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