天槍のユニカ



羽の海(21)

 ユニカはぎりぎりと奥歯を噛みしめながらテオバルトを睨みつけた。思い切り罵ってやりたい気持ちが熱い頭の中で沸騰しているのに、やはり言葉にならない。
 それに。
(嘘つき)
 気になったら様子を見に来ていただけだとディルクは言っていたのに。
 公爵に対する不快感と怒りより、その事実の方がずっと大きな熱量を持っていた。
「そんなことより、父上、昨日のことはこの方に何もお訊きにならないのですか」
「昨日のこと? 今聞いただろう、殿下とは何もないそうだ、意味が分からない」
「いえ、そうではなくて……!」
「しかし、何もなかったのなら仕方がない。楽をしたかったが、正規の手続きを踏むべく根回しを始めるしかなさそうだ。ああ、面倒だなぁ」
 真剣な嫡男の声はまるで無視し、確かめたいことを確かめ、言いたいことを言いながら出て行くテオバルト。無視されてもカイは父に従って部屋を出て行った。彼は去り際に思い切りユニカを睨みつけるのを忘れていかなかったが、ユニカはそれを気にしている余裕などなかった。
「もう、うるさいんだから」
 アルフレートが鬱陶しげに扉を閉めてくれても、ユニカの中に平安は戻ってこない。
「姉上、大丈夫?」
「ええ……」
「次はディディか確かめてから開けますね。あ、兄上が持ってきたそのお菓子、ユーニキアの花≠チていって、お見舞いの時に持って行くんです。姉上のお名前のもとになった女神様の力にあやかって、早く治りますようにって」
「そう……」
 だから兄上も、姉上のことを心配してたのは本当ですよ。アルフレートはそう付け加えたが、カイの視線を思い出すに、半分はユニカに対する嫌味なのではないかと邪推してしまう。
 それにしても、やはり問題はそこではなかった。
 クラヴィアの椅子に再び落ち着くアルフレートが、ディルクの剣を大事そうに傍に立てかける。
 彼は一晩中ユニカのことを眺めていたのだ、帰るべき城にも帰らず。その上、近衛長官たる彼が自分の剣まで置いていって――ユニカのために、いろいろしすぎではないのか。
 またもや叫びたいような思いがこみ上げてくるのを感じ、ユニカはディルクの紋章からぷいと顔を背けた。






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