羽の海(20)
そして、その意味ありげな視線はそのままユニカの方へ滑ってきた。視線だけではない、テオバルトは息子達を押しのけて、さっきから成り行きを見守ることしか出来ないでいるユニカの前に立った。
二度寝を済ませてきたとはいえ、無駄に早く起床させられたこの屋敷の主の機嫌はいつもより数倍悪い。そのことに気がついているのは、この場においてはカイだけである。
テオバルトは寝椅子の上で狼狽しきっているユニカの髪を一房すくい、ただ指の間を滑らせては放す。
「ユニカ、君は昨晩、殿下と床をともにしたのではないのかね」
妙に優しい、撫でるような声で彼は言った。しかし、くすんだ薄緑色の瞳の奥には温度がない。
そんなテオバルトの様子に呆気にとられていたユニカが、質問の意味を理解するのにはたっぷりふた呼吸分の時間が必要だった。
「な、なに、を……!?」
そして、理解した途端、瞬時に頭の中が沸騰した。
何を言っているのか、そんなわけがない、してない、ありえない! その質問をされる意味も分からない!
抗弁の台詞は閃光のように脳裏を飛び交うのに、舌がから回ってぜんぜん言葉にならない。
「嘘はいい。本当のことを言いたまえ」
それでも、さらに詰め寄られたことでユニカの思考と舌先の回路がようやく繋がる。
「し、していません!」
「自分の身の上に遠慮しているのならこの際そういうのはいい。もっと大事な手続きがあるのだよ。もう一度訊くが殿下と、」
「していません!!」
「――なんという方だ」
ユニカが重ねて叫べば、テオバルトは額を押さえてえよろめきながら身を起こした。
「一晩中、妃にしようともくろんでいる娘の部屋にいて手を出さないなんて。どうかしておられるのか?」
「父上」
さすがに公爵の言葉はいろいろなものの度合いを過ぎていたらしい。気まずそうに、そして先ほどとはまた別の理由で赤面しながらカイが父を諫める。
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