天槍のユニカ



冬は去る(22)

 ディルクはよどみなくそう言い切った。そして、テオバルトが二の句を継げず口をぱくつかせているうちに席を立つ。
 そんな彼の視線がテオバルトの背後に向けられたことに気づいて振り返ると、そこにはいつもならまだ寝ているはずの次男に、どこか青白い顔をしたエリュゼが並んでいた。二人とも王太子を見送りに起きてきたのか、身なりはきちんと整えてある。
 ディルクは傍に控えさせていた騎士から己の剣を受け取り、あろうことか王太子の紋章が入ったそれをアルフレートに授けてしまった。
「それじゃあ、アルフ。頼んだぞ」
「はい!」
「公には、これで失礼いたします。一連の事情は後日落ち着いてからお話ししますので、今日のところはもう少しお休みになってください。プラネルト女伯爵、卿もだ。寝ていないんだろう」
 それは臣下を労る言葉のように聞こえたが、テオバルトやエリュゼを振り切るための言葉に違いなかった。結局、テオバルトは説明を求める手も封じられ、正気に返る間もなく王太子の背を見送ることになった。


 玄関ホールへいたるまであとをついてきたアルフレートとエリュゼを振り返り、ディルクはやれやれと溜め息をつく。
 アルフレートは使命感に興奮した目で最後まで熱心にディルクを見送りたいだけのようだが、エリュゼはもの言いたげだ。
「卿にも特に言っておくが、ユニカとは本当に何もない。そっとしておきたかったんだ。かといって一人にもしておけなかったから、一晩様子を見ていただけだ」
「はい。殿下がそうおっしゃるならば信じます」
「ではその顔は?」
「わたくしにも、ユニカ様をお世話するお許しをいただきたいのです……誓って余計なことはお訊ねいたしません。ユニカ様が心安らかに過ごし、お城へ戻られるようにいたします。ですから……」
 騎士に差し出された外套に袖を通しつつ、ディルクは頭を垂れたエリュゼに苦笑した。
 確かに、ユニカとの縁が切れればエリュゼが妙に思い詰めて眠れない夜を過ごすこともなくなるだろう。けれど、その縁に苦労することを選んででも、エリュゼにとってユニカは大切にしたい何か≠ネのだ。

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