天槍のユニカ



冬は去る(21)

 テオバルトは心の中で「ん?」と首を傾げる。何を言っているのだろう、この若者は。
 そう思いながらも晴れやかな笑顔は絶やさないように続ける。今日は多分、エルツェ公爵家がめでたい階梯を登るに日なるのだから。
「ええ、陛下にご報告せねばならないことがあるでしょう」
「そうなのですか」
「……いや、そうなのでございますけれども」
 しかし、まったく予想に沿ってこないディルクの反応が不可解すぎて、その笑みもわずかに強張る。そこで一つの推論が頭に浮かび、テオバルトは思わず身を乗り出した。
「まさか、陛下には秘密になさるおつもりですか?」
 確かに時期尚早といえなくもないし、王が快く聞いてくれるとも思えない。だが、それでも、王家のあり方を定めた王室典範には明確に記されていることなのだ。事実と法を覆すことは王にも出来はしないし、王太子がそういう秘密を持つことは秩序を乱す行為ととられるだろう。
 そんな危険を負うつもりか――とテオバルトは危ぶんだが、ディルクはきょとんとするばかりだ。
「何をです?」
「何をとは! いくら殿下が王家に入られて日が浅いとおっしゃいましても、知らぬ存ぜぬで通る話ではありませんぞ」
「先ほどから、公が何のお話をしているのか私には分かりかねるのですが……」
「ああ、まったく、人払いもせずにこのようなことを口にせねばならないとは! 殿下は昨晩、ユニカ様と一夜をともに過ごされたではありませんか! それはつまり、王家の掟によってユニカ様には妃に準ずる地位を与えねばならないということです。それを――」
 黙っているつもりか、と言うより早く、ディルクはひらりと手を挙げてテオバルトを制した。そして、涼しい顔になんともわざとらしい憂いを浮かべる。
「その必要はありません。私はユニカの部屋にいただけです。陛下にご報告すべきことは何もない」
「はぁ?」
「それで公には早起きしていただくことになってしまったのですね。確かに誤解を与える行動ではありました。予定になく滞在が延びてしまったことと併せてお詫びしましょう。申し訳ない」

- 873 -


[しおりをはさむ]