天槍のユニカ



冷たい夢(4)

 それはアヒムのところへ引き取られて半年ほどが経った頃のことだった。晩秋のもの悲しい夕陽が窓から射し込み、ほんのりと温かかったのを覚えている。

 事件が起きたのはそれから一年後。
 シヴィロ王国南部の村にも冬が訪れ、辺り一面がうっすらと白いものに覆われる日があってからだ。
 疫病が村を襲う、直前の冬のことである。
 
     * * *

 アヒムはブレイ村で生まれ育ったが、十六の時から約十年の間をシヴィロ王国の都アマリアで過ごした。王都の大学院で医師になるため学んでいたのである。
 彼は人当たりもよく優秀で、大学院を辞する直前には王家の期待も厚い医師になっていたらしい。
 卒業を前に大学院を去ったのは、ブレイ村で導師職を務めていた父の死があったからだ。
 元々、都で身につけた医薬の知識を故郷に持ち帰るつもりでいたアヒムは、引き留める教師や学友たちにきっぱりと別れを告げて、父の後を継ぐためブレイ村へ戻って来た。
 そして、若く賢い導師は故郷で熱烈に歓迎された。導師は妻帯を許されているので、ぜひアヒムの妻に嫁にと、娘を差し出す村人はしばらく後を絶たなかったそうだ。
 それが突然止んだのは、アヒムがユニカを引き取ったからだろう。
 ユニカが普通の子供であれば、いずれはアヒムのもとを離れ、誰かの妻になり、違った形で村に受け入れられたはずだ。そんな未来があるなら、村の娘達もアヒムとともにしばらくユニカの面倒をみてもよいと思えたのかも知れないが。
 アヒムと生活すること、すなわちユニカと暮らすことというのを受け入れられる娘はいなかった。
 そういうわけでユニカはアヒムと二人暮らしだったが、熱心にアヒムのもとへ通い続ける娘は、たった一人だけいた。
 両親がいないという点ではユニカと同じの、キルルという娘である。
「次」
 きつい口調で言われて、ユニカは水を含み重たくなったアヒムの法衣を必死に持ち上げ、差し出す。キルルはそれを受け取ると室内に渡したロープに広げてかけていく。

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