冷たい夢(3)
「……お行儀が悪いと思います」
本は大切にしろと言ったのに。ユニカはますますむくれてそっぽを向いた。
「そうだね」
ふとこぼれたアヒムの声はどこか悲しげだった。それが気になって彼の表情を確かめた途端、ユニカはぎゅっと頭を抱え込まれる。
「もう、導師様! どうなさったのですか? 何かお聞きになりたいなら聞いてください! ご用があるなら言ってください!」
なんだかいらいらしてしまったのは不安だったからかも知れない。喚きながらアヒムの腕から藻掻き出たユニカは、彼の顔を見上げてぎくりとした。
泣き出しそうな顔をした養父は、再びユニカを抱きしめて絞り出すような声で言った。
「ご両親のことを知りたいかい?」
一瞬、息が詰まる。
どうしてそんなことを聞かれるのだろう。養父は、ユニカが何かに気がついたことを知っているのだろうか。
頷きそうになったものの、ユニカは辛うじてそれを堪えた。
自分で考えついた恐ろしい答えが真実なのか確かめたい。そういう気持ちはあった。
でも、本当だったら。
『二人とも黒こげで』
『娘が――を操ると……』
『神の――と言えば聞こえはいいが、』
『――で救われる者がいたと言ってもな……』
親殺しめ。
「どうしてわたしは何も覚えていないのですか?」
「君の心が、忘れた方がいいと思ったからだよ」
「導師様は、わたしが忘れてしまっていることをご存じなのですか?」
「うん。君が知りたいと言うなら、教えてあげることも出来る」
きゅ、と、アヒムの腕に力がこもる。優しい力だった。ユニカが拒めば解き放してくれるし、ユニカが望めばそのままずっと抱きしめてくれているつもりだと分かるような。
ユニカはアヒムの腕にしがみついたまま、必死で首を振った。
知らなくていい、もういない人たちのことを知ってどうしよう。その人たちの命を奪ったのが誰であれ、今は心優しい導師が父になってくれたのだからそれでいい。
その時ユニカは、何も知らずにいることを選んだ。記憶が封じ込めたものには触らないことにした。
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