天槍のユニカ



冬は去る(3)

 ようやく暖炉の暖かさがいき渡った室内に寒々しい廊下の空気が流れ込んでくる。
 ディルクはこの部屋のどこでもない虚空を眺めていたユニカを冷気の中へ連れ出し、馬車を寄せられる門へ向かった。
 今はここから引き離した方がいい。
 他人に突きつけた刃で自らの手も切ってしまったユニカは、足早に進むディルクに逆らいもせず、ただ引きずられるようについてきた。


 半ば置き去りにされたような老僧は、座ったまますっかり小さくしぼんでしまっていた。ナタリエは彼の前に湯気を立てるコーディアルを置いて、その隣に腰掛ける。
「わたくしがいない間に、なんのお話を?」
 パウルは力なく首を振っただけで答えてくれない。
 この導主とは、ビーレ領邦の大教会堂で顔を合わせて以来、鬼籍に入った互いの教え子を介さずに長く交流を続けてきた。そんなナタリエも初めて見るくらいパウルは消沈していた。
 血の気が引いたしわだらけの手を取り、コーディアルが入った温かい陶の器を握らせてやる。するとパウルはか細く礼を述べ、甘い湯気を立てる器を口に運んでくれた。
「今日はもう、お部屋へ戻られるのがよいでしょう。エリーアスを呼んで参ります。まったく、師父を置いてどこへ行ったのか」
「……今は放っておいてやってください。代わりにフォルカを連れてきていただけますか。さすがに私も、一人で歩いて橋≠渡れそうにありません」
 脚は弱っているが、歳にそぐわずしなやかで粘り強い精神を持つパウルの言葉とも思えず、ナタリエは息を呑む。しかし、自分がいない間に何があったのかを問うてもやはり答えてもらえないだろうと諦め、頷いて腰を上げるしかないのだった。
「ユニカ様には、申し訳ないことをしてしまった」
 湯気の間にこぼれた言葉をナタリエの耳は拾ったが、彼女は聞こえなかったふりで部屋を出た。
 ユニカを施療院へ連れてくるようねだったのはナタリエだ。事情は分からないが、ナタリエもユニカに申し訳ないことをした<pウルの片棒を担いでいる。
 自然と表情がこわばってしまうのは致し方ない。

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