天槍のユニカ



冬は去る(4)


     * * *

 エルツェ家の家宰は屋敷に戻った二人を困惑気味に出迎えた。一緒にグレディ大教会堂へ行ったはずの公爵夫人もカイも連れていなかったのだから無理もなかろう。
 ディルクはただ「ユニカが具合を悪くしたから先に帰ってきた」とだけ言い、とまどう家宰にユニカの世話を頼んだ。
 エルツェ公爵もすでに出かけており、夫人のヘルミーネも、嫡子のカイもいないので指示を仰ぐべき者がいない、けれどいずれは公爵家に迎えるユニカ、そして王太子であるディルクを玄関ホールに立たせておくわけにもいかず、家宰はすぐに女中を数人呼び出してくれる。
「どうぞお部屋へ……すぐにお世話をする者が参ります」
「ありがとう。ユニカ、おいで。もう少し歩くんだ」
 ディルクの半歩後ろに立ち尽くすユニカは、人形が糸で吊されているだけのようだった。声をかけても何の反応も示さない。馬車に乗せる時も、揺られている間も、降りる時も、ずっとこうだった。
 まるで過去の話の中に魂をおいてきたような彼女の腰に腕を回して、ディルクは階段を登る。ただならぬ気配を感じてか、家宰もディルクが連れてきた近衛の騎士もついてこなかった。
 ユニカにあてがわれている部屋は、亡きクレスツェンツ王妃が少女時代を過ごした部屋だ。さすがは公爵家の大切な姫君が使っていただけあって陽当たりは抜群によく、暖炉の火がなくてもほんのりと温かかった。
 それでも着替えるには寒いな。ディルクはユニカをソファに座らせ、取り急ぎ暖炉の灰を掻き分けて埋け火に薪をくべた。そうして炉の中をいじっていると、ほんの小さな声が背中をかすめた気がした。
 ディルクは肩越しにユニカを振り返る。声を発するとしたら彼女しかいない。
「何か言ったかい?」
 火掻き棒を置いてうなだれているユニカの隣に腰掛けただけでは、まだ彼女の顔は見えなかった。
 けれど、ディルクが贈った矢車菊のイヤリングのふちから水晶の粒のようなものがぽつりと落ちたことに気がついた。
 ――涙。

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