天槍のユニカ



ある少女の懺悔−落暉−(21)

「大勢助けられたら、この村の人達のことは捨て置いてもいいんだろうか」
 次いで投げかけられた問いに答えられないでいると、どこからかコトリと小さな足音が響いた。エリーアスは自分の身体から血の気が引くのを感じた。今の自分の言葉をブレイ村の者が聞いたらどう思うだろう。
 警戒心もあらわに振り返る。――が、扉を遠慮がちに開けて食堂を覗き込んでいたのはユニカだった。エリーアスに睨みつけられたと思ったのか、彼女はきゅっと首をすくめた。
「ユニカ、悪い。びっくりしたんだ。ごめんな」
 慌てて取り繕い食堂の中へ招き入れてやると、彼女は無言でエリーアスの腰にしがみついてきた。
「エリーは大丈夫?」
「……俺は元気だよ」
 ユニカもこの病のことを分かっているのだ。そう思うとエリーアスはなおさら不安だった。アヒムも、ユニカも、――キルルも、どこか安全な場所へ連れて行きたくてたまらない。その安全な場所は、もしかするとこのビーレ領邦にもう存在しないのかも知れないが。
 なんだか青白い顔でエリーアスに撫でられていたユニカは、やがてそろりと彼から離れ、大好きな養父の許へ戻っていった。アヒムにも同じように抱きつく姿はいつにも増して甘えているように見える。きっと、村の不穏さに怯えているのだろう。
「エリー、疲れているかも知れないけど、明日にはペシラに向けて戻ってくれ」
「え……」
「ここに君の仕事はないよ。ペシラへ戻るんだ。そして、パウル様や太守様と、王妃様を繋ぐ声≠ノ専念して欲しい」
 ユニカを膝の上に抱き上げたアヒムは、甘えてくる娘を優しく撫でる一方、硬質な目でエリーアスを見つめてきた。
「だけど……」
 拒絶とは違うが、けれど我が意を通そうとする時には、アヒムはどうしようもなく頑なになる。その頑固さにエリーアスが勝てた試しがない。
 それでもエリーアスは頷く気になれなかった。確かに自分には医術の心得がない。それにしたってほかにもやることはあるはずだ。
 何より、悪い予感がして――アヒムがこのまま村で朽ちようとしているような気がして、どこにも連れて行けないのなら置いては行けない。そう思う。

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