天槍のユニカ



ある少女の懺悔−落暉−(20)

 なのに、今のブレイ村は一つ手前の村に比べても、異様な雰囲気に包まれていた。煮炊きの時間でもないのに家々の煙突からは白い煙が上がり、知らない人間がその家から出てくるのも見た。
「ここには薬があるから、あの病に罹った人を受け入れてるんだ。健康な人には看病を手伝ってもらってもいるし、恐いという人には隣の村に避難してもらう代わりに、家を使わせてもらってる」
「受け入れるって……そんな余裕がこの村にあるのか!?」
「今のところはね。両隣の村からロホス導師とバルナバス導師もいらしてるし、一昨日、ベナークからラグヤール導師とウテシュ導師も来てくださった。お二人はベナークの施療院で僧医として務めを果たしていらしたから、すごく助かってるんだよ」
「確かに、ベナークの施療院はもうだめだったけど……」
 そこの僧医がアヒムのところに集まって、いったいどうするというのだろう。こんな辺境の小さな村に施療院の機能を移そうとでも考えているのなら、エリーアスには無茶としか思えない。
 ほかにも、ベナークから来た導師の知己である商人が薬や食料を融通してくれるとか、村でも収穫は出来ているからなどとアヒムは言ったが、彼が決して先を楽観しているわけではないとエリーアスは気づいた。
 恐らく、アヒムも、ここにいるほかの導師も、五月に入ってからビーレ領邦における様々なしくみが急速に破綻しつつあると、推し量ることが出来ているはずだ。
 実際にそれを見てきたエリーアスにはなおのこと、アヒムをこの村に留めておく理由がなかった。
「アヒム、ペシラに来いよ」
 淡々と状況を説明していたアヒムが一呼吸を置いた瞬間、エリーアスはその先の言葉を遮った。聞いても意味がないからだ。
「無理だよ」
 しかし、これまでと同じ口調の答えが返ってくる。
「なんで! お前はペシラで治療なり予防なりの指揮を執った方がいい。行けばパウル様がそれだけの権限を与えてくださるだろ!」
「私がペシラへ行ったらブレイ村はどうなる? この村を守るのが私の役目なんだ。村人じゃなくても、助けを求めてきた人達を置いては行けないしね」
「そんな頑固になってる場合か! お前がペシラに来たらもっと大勢が助かる!」
 同じようなことを、別の伝師が言ったとエリーアスは知らなかった。それを聞いたアヒムの笑みはほろ苦く、ぎくりとしてしまうほど力ないものだった。

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