天槍のユニカ



救療の花(14)

 医女はソファの上でうずくまるユニカに睨まれて息を呑んだ。見知った顔だと思ったら、彼女はいつもユニカの血を採り王に届けている医女の一人だ。エイルリヒの手当を手伝っていたのだろう。
 ディルクの手招きに応じて彼女は恐る恐る二人の傍へやって来る。
「陛下のお許しはあるのでしょうか?」
「ユニカが承諾するならよいとおおせだ」
 医女はそれでも何かをためらっているようだった。消毒用の火酒で針とユニカが差し出した彼女の前腕の内側を拭くが、なかなか針を刺そうとしない。
「早くして」
 ユニカが叱りつけると、医女はようやくユニカの皮膚に針を宛がった。
 その先端がぷつりと皮膚を貫く瞬間、ユニカは静かに目を閉じる。そして次に目を開く時には一切の表情を消した。
 溢れ出していく血の雫をじっと見つめる。この血は、果たして公子を救うのだろうか?
 毒に冒された者を救うことが出来るのかはユニカにも分からない。その最たる理由は、この血を解毒に用いたことがないからではなかった。
 ユニカの血は、時に救う者を選ぶ=Bそしてそれは、ユニカの意思と関わりがない。
 やがて二口ほどで飲み干せるほどの血が杯に溜まると、針は静かに抜き去られた。ユニカは血が拭い取られた腕をさっと袖の中に隠す。
「これでよろしいでしょう。宮へ帰して」
「――いや」
 医女が出て行く後ろ姿を眺めながら、ユニカは気怠そうにそう言った。これで用は済んだものと思っていた彼女は予想に反したディルクの返事に驚き、彼の横顔を凝視する。
「血は差し上げたわ。まだ何の用があるとおっしゃるの?」
「あとで送っていくから、私の手が空くまでこの部屋で休んでいてくれ」
「話が違います! 送ってくださらなくても結構だわ、履きものさえ用意してくだされば自分で歩きます」
「……だめだ」
 返答とともにディルクが手を伸ばしてきた。ユニカは逃れようとするが、ソファの隅に陣取っていたお陰で少しも動けない。首を竦めただけのユニカの頭からフードを外し、彼の大きな手はユニカの頬に添えられた。親指がそろりと唇をなぞる。
「予想していたよりずっと回復はしているな。だけどまだ顔色が悪い。無理はさせたくないんだ」

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