天槍のユニカ



救療の花(13)

「今、呼びに行っているよ。ここまで来て今更の質問だが、君の血で毒に倒れた者を助けられるのか?」
「分かりませんわ……毒を盛られた方を助けたことがありませんから」
「そうか」
 ならば結局、「ユニカには毒が通用しない」という事実からエイルリヒが救われることを期待するしかないらしい。
 もし解毒が叶わなかったらどうなる? 自分はどうすればいい?
 いや、エイルリヒの喪失に伴う混乱を鎮める手立てはない。彼はシヴィロ王国、ウゼロ公国の両方にとって最も欠けてはならない人間だ。
「あの馬鹿……」
 ディルクが舌打ちと一緒にそう吐き捨てると、ユニカはフードの陰から彼を窺った。
 この王子、今「馬鹿」と言ったような……。誰に対して言ったのかは分からない――まさかユニカに対してではあるまいが、王太子なのにずいぶん口汚い。
 無言でユニカのサンダルを玩ぶ彼の様子は、やっぱりいらいらしている。弟の命が助からなければ困るというのは本当なのだろう。冗談や演技で王族にあんな真似をされてはたまらないが。しかし。
 ディルクの左手中指に納まる王家の指輪を見つめて、ユニカはふっと鼻で笑った。
「なんだ?」
「いいえ、殿下が先ほどおっしゃった言葉……誰かの父で、夫で、兄で、恋人である民を、というあの言葉、覚えがあると思っていました。古典の一節でしょう。バイルシュミット王の騎士、アウデンの台詞にあったわ」
「……よく知っているな。古典が好き?」
「暇潰しになるなら、なんでも読みます」
 人の言葉を借りたということは、やはり先ほどのあれ≠ヘ、少々大げさに振る舞っただけの演技だったのだろうか。
(どちらでもいい、関係ないわ……)
 ユニカはますます身体を小さくして、膝頭に額を埋めた。
 考える必要はない。血さえ提供すれば西の宮へ戻してもらえる。もう二度と、請われたからといって血を分け与えたりしない。幾度も重ねたその決意を、ユニカは自分の心の中にさらに上塗りした。
 再び重苦しい沈黙がおりてから間もなく、扉を叩く音が。返事を待たずにそれは開き、息を切らしたティアナと医女が入ってきた。

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