天槍のユニカ



救療の花(15)

 吸い込まれるようにディルクの瞳を見つめていたユニカだったが、彼の手がゆっくりと首筋を伝って降りてきたことに気づき、我に返った。
「無理矢理攫うような真似をしておきながら、何を今更……」
「無理矢理? 君は『分かった』と言った」
「外に出ることを了承したわけじゃないわ。とにかく、私に出来ることはもう終わりました。いいから帰して。用はお済みでしょう」
「よくない。無理矢理連れてこられたなどと陛下に言われては困る」
 ディルクの指は、外套を胸元で留めていたブローチの金具を外した。
「何を……!?」
「具合が悪いところ連れ出したのは悪いと思ってる。だから休んで行って欲しいんだ」
 自分が貸し与えた上着ごと、ディルクはユニカが羽織っていた外套を剥ぎ取った。薄手のガウンを着ているだけになったユニカは自分の身体を抱えて隠すように縮こまるが、そうするとまた、さっき経験したような浮遊感に襲われた。
「ティアナ、扉を開けてくれ。そっちじゃない、寝室の方だ」
「やめて、何て横暴な人なの! 人を荷物みたいに、好き勝手に抱えて……っ」
「大人しくしなさい。暴れられたら落とすかも知れないぞ」
 じたじたと足をばたつかせるユニカを寝台まで運ぶと、ディルクはわざと乱暴に、半ば投げるように彼女を降ろした。
 寝台の上でわずかに弾み、そのために痛んだ身体を抱えながらユニカは呻く。痛みをやり過ごしディルクに抗議しようとした途端、顔の両脇に降りてきた彼の腕に動きを封じられた。
「寝ていなさい。命令だ」
 見下ろされているせいか、彼の青緑の瞳に灯る尊大な輝きのせいか、ユニカは言い返す言葉が思い浮かばなかった。
 悔しげに唇を噛んでいる彼女の頬をひと撫でし、ディルクはふと笑う。
「……冗談だよ。あとで迎えに来る。それまで好きなだけ眠っていてくれればいい」
 目と鼻の先で微笑む整った顔にどぎまぎしながら、ユニカは頬に触れるディルクの手をぴしりと叩き、追い払った。そして寝台の縁に腰掛けた彼に背を向ける。
 それきりユニカが動く気配はない。
 彼女が大人しくなったことを確かめると、ディルクはユニカに毛布を掛けて寝室を出た。

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