天槍のユニカ



ある少女の懺悔−罪禍−(2)

「いえ。ただ、キルルの病状は今、恐らく拡散期です。あなたに感染(うつ)るかも知れない。あとは私一人で」
 一人で、何をするのだろう。あとはきっと、キルルの呼吸が止まるまで見守るだけだ。
 自分でも驚くほど胸の奥が静かだった。
 昨日までの二晩で思いつく限りの処方の組み合わせを書き出してみたから、頭の中がもう空っぽなのだろう。
 しかしどの薬も試す時間はなかった。
 初めに与えたペシラで処方されている薬は一時的に熱を下げただけで、すぐに反動のように高熱がぶり返した。それからの劇症に対抗しうる薬をアヒムは知らない。
 分かったのは、ペシラの処方は効かないということ。それと、もう手遅れだということ。
 せめてあと一日でも早くキルルの様子に気がついていれば、結果は違っただろうか。
 崩れ落ちそうな気分でキルルの寝顔を見下ろしていると、突然強い力で腕を引かれ、そのままロヴェリーに向き合わされる。
「何を言うの! そんなことは最初から分かってるよ! 怖くない。お前とキルルはあたしの子供も同然だ。母親に子供を置いて逃げられるものか」
 見下ろしたロヴェリーの目からは涙が溢れそうだったが、それを許すまいと彼女は必死だった。
「私にとっても、あなたは大切なお母さんです」
 本当に病を恐れてなどいないその目を見下ろして微笑み、アヒムはそっとロヴェリーの手を解く。
「子供だって母親に元気でいて欲しいと思うものです。危険な役を買って出てくださってありがとうございました。まだ何かお手伝いいただけるなら、私の家に行ってユニカに顔を見せてやってくれませんか。ロヴェリーさんに会えないことも淋しがってしました……あの子なら、病が感染る可能性はないでしょうし」
「アヒム……」
 はっきりと言葉にはしなかったが、彼女はアヒムの言葉と力のない表情を見て、もう出来ることはないと悟ってくれたようだった。アヒムに手を握られたままよろけるように一歩後退り、ついに溜めていた涙を決壊させて泣き崩れた。
「あたしが……っ、もう一日でも早くキルルの顔を見に来ていれば……!」
 うずくまり、血を吐くように呻くロヴェリーの背中をさすりながらアヒムもうなだれた。

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