天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(3)

     * * *

 ふっくらした月がまあるくなり、細く闕けていくまでの間、もう少し平穏な日々が続いた。
 アヒムが植えて、ユニカが世話をしていたラベンダーの花期も終わりに近づいた。去年より大きくなった株は去年よりたくさんの花をつけ、ユニカも満足のいく量の花穂を刈り取ることが出来たらしい。
 居間の一画には、切りそろえた茎を紐で縛り逆さにしたラベンダーが天井からたくさんぶら下がっている。ユニカは毎日その乾き具合を確かめてそわそわしていた。
 そんなポプリ作りの傍ら、村では夏の大霊祭の準備も始まっていた。
 女達は家族の晴れ着を仕立てたり繕い直したり。そして天の主神の前に奉納するタペストリーを織る。
 今年はユニカもそれに参加することになったとかで、今日は吊されたラベンダーの下でタペストリーの図柄を描いていた。
 おめでたい意匠を教えてやり、アヒムも手本に描いてみる。葡萄や麦の穂、林檎、天の主神が掲げている天秤、帆船や大きな翼の猛禽など、結構色々な意匠がある。
 アヒムは笑みを浮かべてペンを走らせるユニカを眺めていた。そして時折自分の絵にもかりかりと線を加えていると、今日は久しぶりにこうしてのんびり過ごそうかなという気になってくる。
 夏は目の回るような忙しさであることをすっかり覚えたので、こののどかな午前の時間が嵐の前の静けさであることは分かっていた。
 そうでなくても、すでに病はビーレ領邦へ侵入した――その知らせを受け取って以来、アヒムはいつ自分の前に罹患者が現れてもおかしくはないと思いながら過ごしていた。
 というのも、ビーレ領邦で最初の罹患者が発見されたのはジルダン領邦にほど近い東部の街・ハルストフ、そしてほぼ同時に領邦中部にある邦都ペシラ。
 これだけの騒ぎになっているにも関わらず、病がペシラへ侵入する手前で感染が広がっていることを察知出来なかったのだ。
 やはり、病を恐れるあまり感染を隠す者が多くなっているのだろう。あの病に罹ったことが知られれば迫害を受けるとの誤解も、病と同じほどの早さで広がっているらしい。
 ビーレ領邦で一番の大都市に罹患者が……ということは、もう、誰がどこへ病の種を運んだか追跡するのは難しかった。きっと豊富な物流に乗って広がっている。関門の封鎖措置は間に合っていない。
 ペシラで処方しているという薬の情報も得たので、アヒムはひとまずその材料を集めておいた。解熱と消炎作用のある薬草をたくさん栽培していたのも、たまたまだったがこの先助けになるだろう。

- 764 -


[しおりをはさむ]