天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(2)

 幸いにも、村は無事に収穫期を迎えようとしている。穀物の心配は今のところしなくてよいだろう。もう少し季節が進めば野菜や果実も収穫出来るから、村人が自給自足していく分には困らないと思う。
 田舎だから人の出入りも少ない。街へ出かけて帰ってくる村人の動静を、アヒムが日常的に把握できるくらいだ。病が運ばれてくる可能性はうんと低かった。
 ――ただ、低いだけだ。誰かが病を持ち込んだ時のために、症状を抑える薬は探しておかねばならない。
 しかし実際の患者を診たこともないのに、正しい薬を見つけられるだろうか。そんな不安は消えなかった。
 一日を無事終えられたことを神々に感謝し祭壇の灯を消した時、その横手にある扉がきぃっと小さく軋んで開いた。
 まだ太陽の明るさが残る外の世界から、こちらを覗き込む幼い影。
 ユニカはアヒムの姿を見つけると嬉しそうに扉を押し開け、とことこと教会堂の中に入ってくる。
「お帰りなさい、導師様」
「ただいま、ユニカ」
 アヒムが両手を広げるとユニカは遠慮がちに近づいてきて、彼の腰にぎゅっと抱きつく。
 この小さな温もりが、アヒムのもう一つの気がかりだった。
 疫病が猛威を振るっている今、ユニカの両親が行なっていた忌まわしい商売の噂が再燃しかねない。
 「万病を癒やす力を持った娘がいる」という噂は、身体中を灼かれ血を流しながら死ぬ病魔の前で、どれほどの救いとなるだろう。
 けれどそれはユニカを殺さねばもたらされない救いだ。小さな身体と心に背負わせるには、疫病に脅かされる人々の命はあまりに多く、重すぎる。
 目の届くところに置いて守ってやらなくては。
 この命をユニカに背負わせてしまった、ほかならぬアヒム自身が。

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