天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(1)

第7話 ある少女の懺悔−魔風−


 アヒムは聖堂の重い扉を押し開けながら溜め息をついた。
 祭壇に灯る蝋燭の火がそれに応えたようにゆらりと揺れる。そこから火を分けてもらい、夕刻の祈りのために香炉を温める。
 ほどなくして立ち上った薄紫の煙を目で追って、灯りの中に浮かび上がった天の主神の姿を見上げ更に深い溜め息をもらすと、いくらか自分の中にある不安も吐き出せた気がした。
 そろそろ恩師や友人達の手許にもアヒムの送った疫病の第二報が届いているだろう。ジルダン領邦からも直接報せが送られているであろうことを考えると、王都の高官達は疫病の発生を認識したはずだ。
 対応策が講じられるのはこれから。
 しかし、月が改まり汗ばむ日が続くようになると、疫病の勢いが増したようだった。教会からの報せがあったあと、次の定期連絡を待つまでもなく、外へ出ていた村人の口から病の噂がもたらされたのだ。
 こんな辺境にまで噂が飛んできている。もう、ジルダン領邦の全域が呑み込まれたと考えた方がいい。すでにビーレ領邦にも罹患者がいるはずだ。
 エリーアスが持ってきた最初の報告からまだひと月しか経っていないのに。
 流行の範囲が広すぎた。もしかすると、これはシヴィロ王国を食い尽くす大流行となるかも知れない。
 王都の高官達――貴族がこの危機をどう捉えるのかが気がかりだった。王国が食い尽くされる前に病地を切り捨てる、そんな安易な決断をしなければいいが……。
 いや、当代の国王は内政を重視しているのだから、国内に壊死した地域をつくるような真似はしないだろう。そしてその人の隣にいるのがあのクレスツェンツなら、きっと大丈夫――
 アヒムが静かに祈りの詞を唱え始めると、彼の声に震わされた空気がまたゆっくりと蝋燭の火を揺すった。
 アヒムは、疫病が発生していること、大流行の兆しがあることをすぐさま村人達に伝えた。
 この村で出来ることといえば、物流が滞ることを見越して食料品を蓄えておくこと、具合が悪くなった時には必ずアヒムに相談し、また村の外にいる時は近くの教会堂の施療院を頼ることを徹底するくらいだ。

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