ある少女の懺悔−火種−(22)
籠の中にあるのは卵らしい。それを見下ろしてかすかに笑うキルルには、以前のような溌剌とした雰囲気はなかった。怖ず怖ずとアヒムの顔色を窺っているのも分かる。
「――朝食がまだならうちに行くといいよ。マクダさんもそろそろ起きてくる頃だろうし、スープも残ってる。ちょうどユニカも慣れない人達に囲まれて緊張してるだろうから、行って貰えるとむしろ助かるのだけど……」
あれ≠ゥら、アヒムがキルルを家に招くのはこれが初めてだ。
キルルから訪ねてくることはあったが、いつも導師としてのアヒムに用がある時で、滞在したり一緒に食事をしたりすることはあれ∴ネ来ない。アヒムも誘えなかった。
久しぶりにかけた言葉は自分でも分かるほど強張っていた。
しかしキルルは無邪気に驚きと期待を浮かべ、目を瞠った。
「……今日は、やめておくわ」
「行くわ」という言葉が返ってくると思ったアヒムは、真逆の返答にすっと胸の奥が冷える。
「留守にしてばっかりだったからうちの中が埃っぽくて。今日は掃除の日にするつもりだったの。卵も貰ったし、平気よ」
「――そうか。じゃあ、うちのことが落ち着いたらおいで。……いつでもいい」
「……うん」
籠を抱えるキルルの手にぎゅっと力がこもったように見えた。それは一瞬のことで、彼女は素早く身を翻し、「またね」と言い残して自分の家へと駆けていく。
やがてその後ろ姿が小さな家の中に隠れるのを見届けると、アヒムも踵を返した。往診を頼まれた家に向かわなくては。
これまでと同じ歩調で歩きつつ、アヒムは脇腹にある傷痕を押さえる。
(こんなふうに……)
お互いに笑い合えなくなると分かっていて、どうして。
どうしてキルルは、アヒムを裏切ってまで助けたのだろう。
どうして自分は、その気持ちを受け入れてやれないのだろう。
死神の足音に、ずれた歯車のいびつな音が重なる。
ひどく耳障りで、どうにか背筋を伸ばして歩くアヒムを嘲笑うような音だった。
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