ある少女の懺悔−火種−(21)
ブレイ村は北の森と南の丘陵に挟まれた細長い村だ。西より東が低い地形で、その真ん中を細い街道が通っている。
丘陵で育つ葡萄や梨でつくった果実酒はこのあたり一帯の数少ない名産品で、それを運ぶための道沿いに近隣の村々が拓かれたのだろう。
ブレイ村は、五十年ほど昔にあった大火で村人のほとんどが家から焼け出され、この街道まで南下してきたという記録が残っていた。
かつての村と農地はすでに森に飲み込まれていたが、新しい農地で穀物や果物の生産が安定し始めたのはアヒムが物心ついた頃。まだ若い村だといってもいい。
飢えるほどではないが裕福でもない。蓄えをつくっていけるのはこれからだ。
むしろこれまで二十年以上、大規模な病虫害や疫病が流行らず、トルイユで起こった地震の余波を少し受けたくらいで大きな災害にも見舞われなかったのは奇跡的なことだろう。
もし疫病がこの村へ到達したら……大火の時のように乗り越えられるか。
病が来るとしたらきっとこの街道を通ってくる。アヒムはしばし立ち止まり、街道の西、ペシラの方角をじっと見つめた。
その時、小走りに街道を横切る者があった。
お互いに「あっ」と声を上げる。少しの気まずさを味わったのもお互い様だろう。
走っていたのはキルルだった。彼女はゆるゆると足を止めた。こちらには寄ってこないが、アヒムを無視して行くことも出来ないらしい。
あんなのはキルルじゃない。
マクダの言葉が脳裏によみがえった。彼女の前でキルルはどんな顔をしているというのか。
アヒムはおもむろにキルルに歩み寄った。彼女は両手で大事そうに籠を抱えていて、それを気にかけるようにわざとアヒムから視線を逸らす。
でも逃げてはいかない。
ほっとしつつ、アヒムはなるだけいつも通りに笑みを浮かべた。
「おはよう、キルル。マクダさんから帰ってきてるって聞いて、今日寄ろうと思っていたんだ。忙しいね」
「うん、夏物の晴れ着を仕立てたいっていうお客様がいくらでもいるのよ。大霊祭までにもっと増えると思うわ」
「そう。また出かけるの?」
「マクダが仕事を見つけてきたらすぐね。おかげでうちにろくな食べものを用意しておけなくて。コレミさんのとこに卵を貰いに行ってたの」
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